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アート・クラフト・サイエンス
今回テーマに挙げたいのは、今後の仕事のあり方についてである。表題のようにアート(芸術)が重要になるというのが僕の私見だが、これは何も画家や小説家になったほうがいいと言っているわけではない。これからの時代の仕事には、芸術的な思考や発想力が、ますます求められることになるだろうという意味である。
ヘンリー・ミンツバーグという経営学者が唱えてることだが、経営には「アート」「サイエンス」「クラフト」という3つの視点を織り交ぜることが重要だという考え方がある。この学説をベースに、経営以外にもこの考え方は応用できるのではないか、ということを論じてみたい。
それぞれの定義
ここで言うアートというのは、創造力や直感力であり、感覚的に決断したり、ビジョンを示したりすることである。個別の現象を抽象的な概念に昇華させるのもアートの力である。クラフトというのは、経験主義であり、経験や知識をもとに実行する力である。サイエンスというのは、分析的思考であり、客観的な事実、数値を重視する力である。
大事なのは、この3つの能力がバランスよく発揮されていないと適切な経営は出来ないということである。アートだけが突出していると感覚的で他者の理解を得にくくなり、クラフトだけだと経験を判断の拠りどころとして、独善的になり、サイエンスのみだと数値だけに根拠を求め人間味がなくなる、ということになる。経営の話しで言えば、ミンツバーグはMBAを中心とする近年のビジネスモデルは、サイエンスのみを重視していると批判している。
アセスメントとアート
介護業界における一般的な思考
経営には3つの能力のバランスが重要ということだが、介護の分野に置き換えて考えてみたい。というのも、この分野ではクラフトに重きを置きすぎている感が否めないのである。例えば、ケアプランを作成する前段階でアセスメントという作業(→社会を事例検討する)をするが、その見立てを行う際に、この人はこの位の動作能力があって、車いすが必要で、家族が仕事してこの位の介助が必要で云々と、単に事実を積み重ねていく人が多いように感じるのである。
もちろん、経験の積み重ねが大事なのは言うまでもなく、経験を積むとある程度勘も利くようになってくると思う。経験は経験としての価値があるし、経験の力だけで物事は充分進んでいくだろう。しかし事実を単純に事実ととらえるだけでは何かが物足りない。アセスメントが、事実を集めた情報の羅列になっているだけでは、それに基づいた対応策には生命の息吹が感じられない。
ストーリー作りにはアート的発想が必要
アセスメントをどう捉えるかは、いろいろと意見があろうが、僕はその本質は、人生のストーリーを紡ぐことにあると思う。対象者が、どういう人物で、どういう経緯で今の課題を持つに至ったのか、どういう風に課題をとらえているのか、ストーリーとして捉えることでアセスメントの質はだいぶ変わってくる。例えば、歴史を勉強するにしても教科書で事実を淡々と覚えるよりも、小説を読み登場人物の心情、時代背景、出来事の流れを掴んだほうが理解のしやすさが全く違うように、良質なストーリーは、血肉が通っていて人に伝わりやすく、その分課題を共有化でき、対応策も明確になるのである。
当然、ストーリーを作るにはある程度の力量が求められる。そこにアートの力が存分に発揮されるのである。小説家のような文章を書く必要はないが、ストーリーを組み立てる文学的センスは重要だと思うのである。独りよがりなストーリーは、魅力がないし人の協力を得られない。かといって迎合的なストーリーは説得力がない。ストーリーには正解も不正解もない。けれど質の良し悪しはある。そこにアートの力の難しさがある。
ではどうすればアートの力を身につけられるのだろうか?結局は人について知ることではないだろうか。知るとは知識を得るということだけではなく、深く感覚で味わうことである。それは直接的な人間関係からももちろん得られるが、良質な芸術作品からも吸収は可能であると思う。具体的には、また別の回で述べてみたい。