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ケアマネジメントとは
ケアプランは、ケアマネジメントの過程を経て作成される。まずケアマネジメントとは何かということを定義しておきたい。最も一般的なのは、白澤政和氏(国際医療福祉大学大学院教授)による次の定義である。
対象者の社会生活上での複数のニーズを充足させるため、適切な社会資源と結びつける手続きの総体
その起源は、1950年代アメリカでの脱施設化にともなう精神障害者の在宅ケアの取り組みにある。アメリカでは、この時期に精神障害者が地域で暮らすようになったが、適切な支援がなかったためにホームレスになるなど必ずしも病院や施設よりも生活の質が向上したとは言えなかった。
そこで注目されたのが、ケアの質や継続性を確保するために、サービスを調整する役割としてのケアマネジメントの手法である。その後、多くの実践が積み重ねられ、ニーズを中心に社会資源を結びつける技術、ケアマネジメントの過程等が体系化されていった。
日本ではケアマネジメントは、要介護高齢者の領域で介護保険制度に組み入れられ、一般的に知られるようになった。今回のシリーズで述べているように、民間レベルでその専門性が社会に浸透する以前に、完成されたシステムとして国から提供されたという経緯があった。
介護保険制度が始まる前からケアマネジメントは、ソーシャルワークの一つの手法として発展してきた。あくまでもソーシャルワークのバックボーンがあって初めて成り立つもので、それ自体が単体でいきなり生みだされたものではない。しかし日本では、それに近い形で制度に組み込まれてしまった。爆発的に増加する介護の諸問題に対処するには、とにかく介護の担い手をふやさなければいけなかった事情もあった。
ソーシャルワークについて
ソーシャルワークの起源と実践分野
ソーシャルワークというと、馴染みがない人がいるかもしれないが、簡潔に言うと社会福祉の実践体系であり、社会福祉の専門職が取り組む援助の総体のことを言う。その起源は、19世紀後半のアメリカやイギリスの慈善活動や社会改良運動にあるが、当然日本でも介護保険制度前から多くの社会福祉の実践がなされてきた。
社会福祉の実践は、社会生活上の困難を抱える人々に、必要な制度やサービスの利用を結び付けたり、さらには家族や集団、地域などその人を取り巻く環境に働きかけながらその生活を支援する活動である。
当然ながら、その実践の分野は介護だけではなく、病気や失業、子育て等、生活のあらゆる面に至る。人が生活をしていく上で、個人や家族だけの力で解決できない場面に遭遇した時に、それらの人々を精神的に支え問題の解決に向けて働くのが社会福祉の専門家である。
例えば、役所の職員であれば生活保護のケースワーカーであったり、病院であればMSWと呼ばれる人であったり、地域の施設であれば地域包括支援センターの職員だったり、人々の安定した生活の維持や回復に向けて、主に相談援助を通じて必要な制度やサービスの利用等につなげる「橋渡し」、それがソーシャルワークの実践であり、橋渡し役を担っている専門家をソーシャルワーカーという。ソーシャルワーカーという公的な資格があるわけではなく、あくまでも職業の性質を表す一般的な呼称として用いられる(社会福祉士という国家資格はあるが、資格保有者イコール業務従事者ではない)。
ソーシャルワークとケアマネジメントの関係
ソーシャルワークには、ケアマネジメントだけではなく様々な援助技術がある。例えばケースワーク、グループワーク、コミュニティワーク等があり、様々なアプローチを駆使して問題の解決に動く時もある。このような専門技術が発展した背景には、問題に直面している人々とのかかわりには、単に思いやりや同情だけではどうしようもないことが多く、その状況や問題の改善に向けて適切な活動を行うためには、援助者としての専門性が必要という現実がある。
ケアマネジャー(介護支援専門員)の業務は、まさしくソーシャルワークそのものといっていい。介護の場面で生活に困っている人を、介護のサービスや社会資源と結びつける橋渡し役だからである。
介護保険で特にケアマネジメントが重視されたのは、先に述べた通り介護サービスを拡充させ、利用者が取捨選択できる社会的環境を整えるという喫緊の課題があったからである。公的なサービスだけではなく、民間の活力を活用しないと激増する介護の問題に対処しきれない、という事情もあった。利用者にとって必要なサービス、特に複数のサービスをそれぞれ効果的に活用するには、ニーズを分析し、各サービスの調整を図るケアマネジメントは有効に作用するのである。
ソーシャルワークの本質からみると、ただ介護保険のサービスを活用するだけでなく、利用者の生活支援のために家族や近隣、またはボランティアによる支援なども総合的に活用することが求められいるといえよう。
介護保険のケアマネジメント
日本のケアマネジメントの実情
ここで介護保険制度とケアマネジメントの関係性を振り返ってみる。前回指摘した通り、ケアマネジメントの技術より先に、制度として確立したという特殊な事情がある。それこそケアマネジメントの手法が、運営基準等の法体系の中にがっちりと組み込まれている。
介護保険制度のケアマネジメント過程は、あくまで介護保険上のルールであって、それが唯一正しい手法であるとは限らない。ソーシャルワークの理念と相反するルールであれば、声をあげて是正していくのも専門家として重要な役割であるが、多くのケアマネジャーが行政や所属団体に言われるがままに唯々諾々と従うばかりである。
これまでの経緯から、日本ではケアマネジメントの問題の対応において、法改正やケアマネジャーに対する研修の強化によって解決を図ろうとしてきたことがわかる。しかし複雑かつ多様な状況に身を置く利用者の問題を解決するには、実践方法の見直しが不可欠であり、それを阻害する要因が仕組みにあるならば、仕組み自体の抜本的な改革が必要である。
うがった見方をすると、制度を運営する側からすれば、制度を存続させるためには実践現場においてその証拠がきちんと揃っていればいいのである。ルールに則った手順で実務が行われているかどうか確認するには、手順一つひとつに書面があればいい。細かな過程に書類がそろっていればいるほど、世の中に対して言い訳が立つ。その仕組みを維持することによって、行政が介入する余地を残し、費用抑制の道筋をつけておくのである。
かくしてケアマネジャーは、制度維持のための証拠づくりとして書類作成に忙殺されることになる。僕が居宅のケアマネジャーを始めた10数年前と比べて、各段に書類作成(それも形式的な)業務は増えた。周りの同僚をみても、法改正によって義務化された項目に対応する業務時間が増える一方で、それ以外の業務、例えば利用者のニーズに柔軟な対応をみせるフォーマル・インフォーマルの調整や実践といった業務時間まで手が回らないことが多くなっている。
制度内でケアマネジメントを管理しようとする手法は、当事者たちの創造性を奪うばかりか、逆に介護保険制度に則ってケアマネジメントをさせるという姿勢ばかり強調されて根本的な実践の解決を遠ざける。
インフォーマルサービスの活用
もう一点、制度上の問題点を挙げるとすれば、ケアマネジャーのケアマネジメントは、介護保険制度上のサービス調整に偏りがちになるという点である。ソーシャルワークの理念からすれば、利用者の置かれている状況は多種多様であり、社会資源の選択肢は広ければ広いほど利用者にとって適切な支援となる可能性が高くなる。
しかし介護保険上、指定を受けたサービス以外の社会資源(例えば地域のボランティアや娯楽サービス、友人近隣の支援等)を活用しても、ケアマネジャーに給付管理業務は発生しない。極端な話しをすれば、上記のようなインフォーマルサービスだけ活用して生活上の問題が解決できるなら、それにこしたことはないが、その場合仕組み上ケアマネジャーが関わることは基本的にない。何故なら、介護保険の指定を受けていないサービスの利用をケアプラン上に位置づけても、居宅介護支援事業所には一銭も報酬が入らないからである。
中には、インフォーマルサービスをケアプランに位置付けることは、なるべくしないようにする、と豪語するケアマネジャーもいる。要するに金にならないサービス調整をしても、時間の無駄でしかないということである。しかしソーシャルワークの視点としてとらえれば、保険外資源の活用や連携、地域の社会資源の開拓といった仕事は、ケアマネジメントの重要な役割の一つと言えるのである。
制度主体によるケアマネジメントの限界
こうしてみると、ケアマネジメントの在り方が介護保険制度によって独自の発展を遂げていることがわかる。もちろんこの20年間でケアマネジャーが果たしてきた実践の数々は、日本における福祉のレベルを格段に引き上げたと思う。しかし、制度主導でケアマネジメントを改善しようとする手法は、明らかに無理が生じている。
管理的なシステムに忠実であることをケアマネジャーは要求されながら、同時に自らの創意工夫によって利用者支援の効果を最大限にあげるように求められているのである。以前の記事にも書いたように、現場の力量に任せる、という日本の文化的傾向が、こういうところにも表れているように思える。
ガラパゴス的に発達した介護保険の仕組みは、袋小路に迷いこんでいるようにみえる。今回は、ケアプランの策定過程であるケアマネジメントに焦点を絞って論じてみた。これまでどおり制度の改正論で辻褄を合わせようとするのではなく、ソーシャルワークの原点に立ち返って考えてみるのも重要な視点だと思うのである。