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ケアマネジャーの質の向上
介護業界の傾向
前回までにケアプランに関連する現状を踏まえながら、介護保険制度におけるケアマネジメントの問題点を述べてきた。今回は、こうした問題点を解決する糸口があるか探っていきたいと思う。
あくまで一般論だが、業界ごとに従事している人々の性質の傾向のようなものを感じることがある。例えば商社は体育会系、金融はきっちりしている等のイメージである。僕の偏見であるが、介護業界に従事している人は、献身性が高い人が多いように思う。
よく言えば、利用者や会社のために一生懸命真面目に働く。悪くいえば、言われた枠組みのことしかやらず、自ら考えて行動をおこさない。長年にわたり、すっかりと上意下達の仕組みに慣れてしまったのかもしれないが、専門性を発揮するならば、発揮でき得る環境なのか、あるいは仕組みなのかという点についてもっと敏感になっていいはずである。
社会科学系学問の重要性
これは異論があるかもしれないが、専門的思考を発揮するにはある程度学問的知識が必要だと思う。特にソーシャルワークの実践には、人間や社会に対する深い造詣があって活きてくる部分もある。もちろん知識偏重に陥ってはよくないが、本質的な思考を駆使するには、土台となる最低限のバックボーンは必要である。
前回述べたとおりソーシャルワークは人と社会を結びつけることを生業とする。直接的に個々人へと関わる援助技術だけではなく、それぞれ所属する地域や組織などへの環境へと働きかける技術も必要になる。
一般的にいって、ケアマネジャーとして働いている人たちは、個別的な援助技術(面接技法や心理学等)や医療系の知識(疾病、認知症、精神病等)を学ぶことに関しては熱心な人が多い反面、社会科学系のリテラシーには無関心な人が多い。
ソーシャルワークは個人へのアプローチだけではなく、社会に対するアプローチも同じように重要であり、であれば個人を取り巻く環境に目を向け、思考を試みることにもっと注目をしてもいいはずである。
具体的にいうと、介護保険制度は膨大な法令や解釈通知の法体系で成り立っており、それを読み解くためには法学的な思考が求められる。単に介護保険のルールを知っていればいいということではなく、法律の根幹にある思想から理解をしておく必要がある。その辺りの詳しい事情は、次の記事を参考にしてもらいたい。
それに加えて社会福祉に関連する周辺の法律に対しても、その内容や位置づけの理解が求められる。社会保障は介護保険制度単体で完結しているわけではなく他の制度とも密接に関連しているからである。社会保障制度は行政行為とも密接な関連性があるので、行政法の知識も活用できる。介護保険制度に瑕疵があれば、保険者である自治体職員と協力して改善していく姿勢が求められるが、現状のように行政側から言われっぱなしなのは、単にケアマネジャー側が法学的思考に無頓着だからとも言えるのである。だから、とんちんかんな指導にも反論しないで従ってしまうのである。
社会に対するアプローチに活かせる学問はまだまだある。社会構造をシステム的にに捉えて、その問題点を探り出す時には社会学的な視点が活きてくるし、情報や支援が届きづらい利用者に対するアウトリーチ(公共機関等が行う地域への出張サービス)においては、マーケティングの手法等が活用できる。
もちろんケアマネジャー個人の能力に過度に期待するのは、もともと個人の力量に頼りがちな傾向のある日本社会においては、個人に一方的に負担をかけ専門家自体の破綻を招きかねない。しかし制度を運営するために、大量のケアマネジャーを確保する必要があったため、介護の現場経験が5年あれば、簡単な試験に合格するだけでケアマネジャーになれてしまうという現実もある。大量のケアマネジャーを量産したことが、果たしてソーシャルワークの実践者を増やしたのか、逆に制度の衛兵を増やしたのか、現状を鑑みると果たして社会全体の利益になっているかは甚だ疑問なのである。
やはり専門職の地位向上を目指すならば、最低限のアカデミックなバックボーンや個人的な資質の選別を経て専門家になる道筋を担保することが必要である。自らの基礎能力の向上なくしては、制度の仕組みを変えていく要求は通らない。
制度変革に関する提言
しかし現状のようにケアマネジャーだけに能力をあげろと、一方的に責任を押し付けても、制度自体に自浄作用を促す仕組みになっていない点を変えていかないとどうにもならない。ケアマネジャーの質をいくらあげようとも、現状の仕組みのままであれば利用者が制度から受ける恩恵が先細りしていくことは目に見えている。これから述べることは、具体性や実現性に乏しいと思われるかもしれないが、目指すべき方向性として自分なりにいくつかの視点を挙げてみたい。
1.ソーシャルワーク専門職の位置づけ
まずソーシャルワークという職種に関して位置づけを明確にすることである。これまでみてきたように高い専門性や公益性を発揮するためには、制度の枠組みの中の歯車として押し込めておくのは効率的な活用の仕方ではない。
日本では、社会福祉というと高齢者、障害者、児童に対するケアという認識が強く、その相談援助職は各システムに組み込まれていることが多い。高齢者分野の代表格がケアマネジャーであり、障害者や児童の分野に関しては行政職員が担っている。
このようなソーシャルワークを生業とする職種は、組織的からの圧力に自由になるために、ある程度制度から離れた立ち位置から、その業務を行うほうが適切ではないだろうか。制度の内側に相談職がいると、どうしても縦割り的な見方に陥るし、所属組織の利益のために行動が制限されて社会全体に意識が向きにくくなる。
ソーシャルワークは、高齢者等のケアはもちろんその対象の範疇に入るが、それらを包括して社会を改善するための技術でもある。活躍できる分野は、ヘルスケア全般、薬物乱用、精神衛生、ワーキングプア等、多岐にわたる。
この際、縦割り的な枠組みを取っ払って、国民の生活全般において何かしらの支障を抱えている人々全般の相談窓口として、専門職を制度の外側に独立させたらどうであろうか。その場合、個人事務所やソーシャルワーカー(以下SW)単独の団体が一括して受付窓口になれば、国民の側からしても、どこに相談していいかわかりやすくなる。当然SWによって、得意分野が違ってくることが考えられるが、国民の生活面でのニーズが多様化している中で、例えば「介護と保育に強い」「メンタルヘルスの分野に強い」といったような様々なSWがいることで多様化に対応できると思うのである。
SWとしても枠にとらわれないで、様々な発想が出来るし、地域や行政に働きかけ、社会資源を構築したり提言するインセンティブも働くだろう。包括的なアレンジが出来れば、むしろ制限だらけの公的サービスよりも先進的なサービスを行う制度外事業所に目が向きやすい。効果的なサービス事業所の情報を共有することで、民間サービスの開拓に繋がれば結果的に公的財源の削減にもなる。
2.ケアマネジメント対象の見直し
もう一つ考えられる視点としては、ケアマネジメントの対象の見直しである。現状は介護保険で認定を受ければ、担当のケアマネジャーがついてケアプランを作成することになる。ケアプランの作成には、前回まで述べてきたようにケアマネジメントの過程を経て作成され、効果的に実施するにはそれなりに時間も労力もかかる。
ケアマネジメントは、ソーシャルワークの一つの手段として捉えるべきであり、介護保険制度のように要支援者を含む全ての利用者をその対象としているのが適切なのか、大いに疑問が残る。ケアマネジメントが特にその有効性を発揮するのは、複数のサービスを継続的に利用し、複雑で重複した問題を抱える利用者に対してである。福祉用具一つでもレンタルをすれば、ケアマネジメントの対象となる仕組みは、人的パワーの分配適正化という視点からみても見直しが必要と考える。
そもそも日本では、政策分野別の社会支出の割合において高齢者分野が非常に大きい。その反面、就学前教育・保育や家族手当等の家族支援に関する割合が諸外国と比べて著しく少ない(→社会保障費用の現状と今後の見直し明治安田生命作成資料(アメリカは相対的に対GDPに対する社会支出の割合が低いが、伝統的に過度な行政介入を嫌う特殊な国の事情がある))。
財源が潤っていれば、ふんだんに人的資源を投入してもいいだろうが、非常に財源が逼迫している状況で、高齢分野にサービスが偏った政策を継続していいものなのか疑問が残る。長期的にみれば若い世代に将来的な展望を挫き、不安だけを募らせることになる。であれば相談入り口の段階ですべての社会保障サービスを念頭において異なった分野のサービスでも同時にケアマネジメントが展開できれば、より有意義に技術の活用ができるし、全ての年代の生活保障にバランスよく目が行き届くことが期待できる。
3.ケアマネジメントの分業
最後にケアマネジメントの分業という点も挙げておきたい。ケアマネジャーが、利用者の生活状況を全体的に把握して家族や地域のサービス・資源との調整図る、といったようなソーシャルワーク的な仕事に専念するためには、なるべく事務負担は軽減したいところである。特に公的な制度を活用すると膨大な給付管理業務が発生する。病院では必ず健康保険等のレセプト業務を行う事務員がいるように、介護保険制度や各種社会保障制度を利用する際に発生する、給付管理業務や事業所間の情報共有に関する業務を行う専任の職員を配置するべきである。
医者や看護師が行う業務と医療事務が行う業務は、その内容や専門性が全く違うのは容易に想像できるが、ケアマネジャーはその2つを同時並行で行うことが当たり前になっている。専門性の方向が違えば分業することが当然であり、自分たちの専門性が明確化にも繋がるのである。
また給付管理業務は、ICT化と非常に相性がいい分野でもある。分業をしてもICT化を進めることでケアマネジャーと給付管理担当者、サービス事業所との情報共有が容易となり、むしろ業務効率は各段に良くなるはずである。
以上、5回にわたってケアマネジャーが置かれている状況を振り返りながら、ケアプランという書類を通して介護保険業界に根付く問題点を述べてきた。結局、社会全体をどのように支えていくか、という命題に行きつくことになり、自分なりの考えをまとめてみた。ケアプランの文言を変えて小手先で対処しても、何の解決にもならない。あらためて介護保険の理念である「介護の社会化」が目指すものは何なのか、根底に立ち返って考えることが求められているのである。
‣その支援をするため、利用者と適切なサービスを結びつける専門職がケアマネジャーであり、ケアプランの作成には専門的技術と創造性が必要とされる。
‣介護保険制度におけるケアプラン作成には、細かなルールが設定されており、創造性を手放さざるを得ない状況がある。
‣ケアマネジャーは、他の専門職と違い、日本では当初から制度の枠組みに組み込まれていた。
‣そのため実地指導やケアプラン点検等を積み重ねることで、給付制限をはじめ、国の意向ばかりが前面に押し出るようになってしまった。
‣ケアマネジメントは、ソーシャルワークの考え方が基盤にあって初めて成り立つ技術である。
‣ケアマネジメントを有効に作用させるためには、ケアマネジャー自身の社会科学系知識の学びに加え、ソーシャルワークとしての位置づけの再定義、ケアマネジメント対象の見直し、ケアマネジメントの分業等、仕組みを抜本的にとらえ直すことが必要である。