
介護業界における廃業のリスク
今回はケアマネジャーが安定している仕事かどうか、という点について述べてみたい。まず介護業界の事業経営の観点からみると、民間企業の運営と比較すれば、廃業のリスクはいくらか小さいと思う。民間企業といっても規模や業種が様々だし、一概にはそうとも言い切れないが、あくまでも税金や保険料という一定の収入源があるという仕組みからみると、という意味である。
とは言っても、事業経営が安泰かと言えば決してそうではなく、業界内を見回してみると、デイサービスやヘルパーの事務所の廃業はちらほらと目にする。数は多くないもののケアマネが務める居宅介護支援事業所も閉鎖されることがある。もちろん利用者である高齢者は増えているのだが、それでお客さんには困らないかといえば、話しはそう単純ではない。
廃業理由の一つは、職員の人出が足りないということである。介護保険制度で、サービス事業を運営するとなると人員基準が厳しく定められており、利用者の数に対して定められた人員を満たさないと営業ができない。ヘルパー事業所でいえば、仕事の需要はあるのに仕事の担い手であるヘルパーが集まらないのでサービスを提供できないという状態である。ヘルパーの給料は薄給なので、人が集まらないのは当たり前と言えば当たり前である。
また制度上、一事業者あたりの利用者の上限が決まっているため、利用者を増やして収入に余裕を持たすことが出来ない。上限に近い利用率をキープしていないと利益が出ない構造なので、常にその状態を維持する必要がある。そういう意味では、生き残るために一定の利用者を安定的に獲得するという課題が生じる。参入事業者が多い地域だと、決して簡単ではない新規利用者獲得のための営業活動が生じるのである。
ケアマネも大抵はいずれかの民間団体(初回福祉法人、医療法人、NPO法人、株式会社等)に所属しているので、自社サービスに利用を誘導するような圧力が所属団体からかかることは日常的にあり得る。利用者の利益になるように公平性の観点からサービスを選ぶという視点が曖昧になりがちな大きな制度上の矛盾点である。
本来であれば、ケアマネは利用者と社会サービスを繋げ、生活の質に寄与するためソーシャルワークが業務のメインとなるのが望ましいのであるが、所属する団体によっては、営業的な業務を優先的に求められることがある。サービス事業所も事情は同じで、タチの悪い経営者になると、その方策を現場の職員にアイデアを出すことを強要することもあると聞く。そもそも予算の決定権もない現場職員が、そこまで責任を負う筋合いは無いはずである。事業運営の分析や判断は経営側の仕事であり、介護事業者の中にはその役割分担が曖昧な職場が多く、職場によっては多大なプレッシャーがかかるリスクがある。
ケアマネという資格の位置付け
次にケアマネ(介護支援専門員)の資格の位置付けについて考えてみたい。この資格は平成12年の介護保険制度発足と同時に開始された比較的新しい資格である。都道府県知事による任用資格であるが、国家資格ではない。現状から推察すると、国家資格になる可能性はほぼ無いと言っていい。
発足当時は、介護保険制度を運用するために大量生産されたケアマネであるが、最近は試験の合格率は非常に狭き門となっている(第1回(平成10年度)合格率44.1%、合格者数91,269人、第21回(平成30年度)合格率10.1%、合格者数4,490人)。20年前と比べて合格者数はおよそ20分の1。資格の合格率自体、その時の社会情勢が深く反映されるものだが、ここまで露骨に国の意向が示される資格も珍しい。この背景には、年々財源が厳しくなる介護保険制度自体の事情がある。
周知のように国や多くの自治体の財政事情は厳しい状況にある。介護保険制度は改正の度に、なるべくサービス利用を抑制する方向で法改正がなされ、地域のボランティア等、保険外サービスの利用を推奨されるようになっている。この流れを鑑みると、介護保険制度自体が今後、現在のかたちを維持していく保障はどこにもない。ケアマネ自体が介護保険制度を前提とした資格であるが、その前提が揺らいでいる現状の中、恒常的な国家資格に移行するより、変更がしやすい任用資格に据え置く方が国としては都合がいいはずである。
社会に求められる能力を身につける
こうしてみると、ケアマネの置かれている環境は、かなり外部要因に左右され得る存在だとわかる。ケアマネが安定した仕事かどうかという冒頭の問いに戻るが、結局のところは働いている人次第ということになる。介護業界に携わっていれば、安泰だと勘違いしやすいところだが、制度という環境に依存しているだけならば、それは安定ではない。制度自体が、特にこれからの時代、激しい変化に見舞われることが予想されるからである。
とはいえ僕は悲観しているわけではない。介護保険制度全体をテリトリーとする専門職はケアマネだけだし、その介護保険制度は社会保障制度の中でも、巨大な市場となり、とても複雑な制度となっている。他の分野でこれだけの規模のサービス群を日常的にアレンジする専門職はない。高齢者の増加に伴い、その知見を日々積み重ねられる機会がある環境にいるともいえる。
介護保険制度に精通していることが専門職の技術ではない。もちろんそれは今の時点で使える知識ともいえるが、年数が経つとすぐに陳腐化する。その知識とは別に、利用者のニーズをつかみ、必要なサービスをアレンジして提供するという作業は、専門的な技術である。制度を使って、どう考えてどう動いたかが重要であり、制度自体が安定を提供してくれるわけではない。その技術(例えば背景を分析する思考力、人から情報を引き出す能力、わかりやすく伝える力等)は、AIには代替しにくい能力であり、まだまだ社会に必要とされるはずである。
どの仕事に就こうとも、100%安定などない。介護業界といえど例外ではない。安定に近づけることがあるとすれば、世の中から求められる能力を身につけること、それが唯一のセオリーとも言えるのである。