コンプライアンスについて

コンプライアンスとは

コンプライアンスとは、法令遵守と訳されることが多い。当然、法令を守ることがその意味に含まれるが、広義のとらえ方としては、社会的規範や企業モラルを守ることもコンプライアンスに含まれる。

僕が身を置いている介護の業界は、とても法令の縛りが強く、当然のようにコンプライアンスを重視すべき、との有無をいわせぬ重圧が漂っている。もちろんコンプライアンスを遵守する点については異論はないのだが、何かその運用の仕方に、大きな違和感を感じるのである。

介護保険制度とコンプライアンス

介護業界の仕組みとして、その仕事の性質から、公益性、公平性といった視点が求められる。超高齢化社会を支えるには、膨大な数の参入業者が必要なわけで、それらのサービス事業者を含めて公平な制度として運営するには、どうしてもそれなりのルールが必要になる。その大枠を決めているのが介護保険法であり、細かいルールは運営基準や算定基準といった省令等に定められている。さらに細かい運用面では、厚労省通知や自治体のQAが、その根拠となっている。

何しろ業者の報酬は、算定基準でびっしりと細かく規定されている。ルールに基づいたことを実施しないと決められた報酬はもらえない。なおかつ法令に違反すると、報酬は返還しなければならない。財布のひもは、しっかりと行政側に握られているのである。

したがって業者にとって法令違反は、死活問題となる。必然的にルールを守ることに敏感になる。コンプライアンスが、法令遵守のみに注力しがちになる一因がここにある。

法体系で重視すべき考え方

下の図は、法令の全体像を示したものだが、三角形の上部が根本的、基本的な法令、下部が具体的で細かい法令規定となっている。本来、コンプライアンスを重視する組織体として注目すべき点なのは色のついた根本的な部分のはずである。介護業界でいえば介護保険法であり、その法律のバックグラウンドに流れている社会的背景や思想が重要なのである。

しかし現状は、何々基準、何々規則といった細かいルールを守ることに注力してしまうことが多い。それを守ろうという視点が強いあまり、肝心の三角形のてっぺんがおろそかにされる。おろそかになるということは、その視点から考えることが出来なくなることだ。日常的に起きることは、とりあえず三角形の下の方だけで考えて、下のほうだけで当てはめて物事を考えてしまう、ということだ。

しかし、実現しようとする価値や考え方は、三角形の上部にある。そこに遡って全体像をとらえてみて初めて下部のルールの意味合いが理解できる。それがないと単純に機械的にルールを守ることが目的化されてしまう。さらに言うと、ルールにない想定外の事態が起こった時、適切に対応できない可能性が高まる。根本的なことに遡って考えるからこそ、初めて自分たちがそれを、どう受け止めてどう対処するか、判断できるからである。

コンプライアンスの基本に立ち返る

コンプライアンスを単なる法令を守ることととらえていると、日常業務が瑣末なことに忙殺されがちである。ただでさえ膨大な法令である。社会的要請や倫理観には目もくれず、必要以上に法令にある些末なルールのチェック作業をさせる職場であれば注意が必要である。企業や団体の不祥事は、こういう体質が原因になっていることが多いからである。瑣末なことを一生懸命守っても、全体として間違ったことをしていれば元も子もないのである。

かと言って企業や事業者のみに責任を転嫁するだけでは、何も解決にもならない。思うに行政、事業者、現場の職員それぞれが自分の仕事の責任を守ろうとすることに必死になりすぎていることに原因があるように思える。とりあえずルールを決めたら、それさえ守っていればいいし、面倒なことを考えなくていい。そんな思考に陥っていやしないか?それは広い目でみれば責任を放棄しているのではないか?なんでこんなにルールが細かくなっているのか?本当に必要なルールなのか?現場にかかわる人たちが疑問を持ち、コンプライアンスの思想を掲げ、社会が何を求めているか声をあげていくことが根本的な解決策なのである。

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