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トンデモ上司実例集
サイコパス上司
今回、実例にだす経験談は約20年前のことで、僕が20代半ばから5年間ほど勤めた、とある介護系施設での出来事である。自分の中の黒歴史でもあり、思い返すと心がえぐられる気持ちになる。
その職場に在籍していた時はよく知らなったが、ここ10年くらいでサイコパスという言葉はだいぶ一般的に知られるようになった。当時サイコパスについて知っていたら、その時の上司はそれだ、とすぐにピンときたであろう。まさしくサイコパス上司だったのである。
サイコパスとは?
サイコパスについてあらためて簡単に復習してみたい。
精神病質(せいしんびょうしつ、英: psychopathy、サイコパシー)とは、反社会的人格の一種を意味する心理学用語であり、主に異常心理学や生物学的精神医学などの分野で使われている。その精神病質者をサイコパス(英: psychopath)と呼ぶ。
(中略)
犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは以下のように定義している。
・良心が異常に欠如している
・他者に冷淡で共感しない
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が皆無
・自尊心が過大で自己中心的
・口が達者で表面は魅力的
この定義をみると、ほぼすべて特徴がその上司に当てはまった。僕は5年もの間、サイコパス上司の毒牙の餌食になっていたわけである。我ながらぞっとする思いだ。
僕はその施設に、相談員として働いていた。サイコパス上司は、事務方の責任者であったが、実質、施設の絶対的権力者として君臨していた。当時40代半ばで男性である。その上司の上役としてオーナー理事長がいたが、少し離れたところの病院の院長を兼務していたため、ほとんど施設にくることはなかった。
その理事長の威光をバックに好き勝手に施設運営をしていたのがサイコパス上司である。とにかく発言の節々に「理事長はこうおっしゃっていた」「理事長はこういうお考えだ」と何かにつけオーナーの意向を盾に指示やら命令やらを発していた。
圧倒的な弁舌力
理事長やその家族には卑屈なまでに平身低頭に服従し、自分より立場が低い人に対しては尊大な態度をとる人物であった。そういう人物だということは、同じ職場で少し仕事をすればすぐわかるのだが、非常に弁舌が巧みなため初対面の人には中々見抜けない。
象徴的な出来事を一つ述べてみたい。ある時、他の病院の相談員が挨拶に来たことがあった。その病院は施設にとって重要な関係性があるということで、サイコパス上司が応対することになった。横で聞いていたが、相手を持ち上げながら自分たちの施設をアピールをしつつ、介護や医療業界の抱える現状や問題点まで話しは広がり、雄弁に身振り手振りを交えて語っていた。
すっかり相手の相談員はサイコパス上司の弁舌にいたく感動して、帰り際にとてもいい上司に恵まれてうらやましい、と僕に感想を述べていた。確かに本当なんだか嘘なんだかよくわからないことを、それらしい話しに仕立て上げる、その能力はずば抜けて優れていた。
人は自信満々に流暢に語られるとそれが正しいと思わされてしまう。サイコパス上司が初対面の人を騙すのは造作もないことだった。

ただ一緒の職場で普段から接していると、嘘の矛盾はすぐ露呈する。サイコパス上司が得意げに披露する知識や武勇伝は、半分くらいが嘘で塗り固められていた。普段から嘘ばかりついていたから信用などあったものではない。
であればディテールを細かく突っ込んでいけばボロがでるし簡単に反論できるだろう、と思われるかもしれない。しかしそこは権力と弁舌と狡猾さを兼ね備えた彼からすれば、ちょっとした反論や指摘など、力技でねじ伏せることくらいは容易なのである。
なだめすかしたり、のらりくらりとかわしたり、激高や脅しを使うなど、ありとあらゆる手法を使って、相手をけむに巻いたり、騙したり、意気消沈させたりする。ほとんどの人は、結局はどうにもならないことが分かると、なるべく関わらないほうがいいという判断になる。
無視・脅迫・詰問・恐怖の日々
僕は元来口下手なので、このような人物に対しては反論することはもちろん、報告や連絡も億劫になってしまう。おべっかなどはもってのほかだし、世間話もしたくなくなる。仕事を頑張ろうという気も失せる。気を付けてはいたつもりだが、どうしても関わりたくないオーラがでてしまったのだと思う。
そんな僕の態度が気に入らなかったのだろう。僕は徐々にサイコパス上司から使えない人物という範疇に括れられることになる。彼は感情の起伏が激しい人物だったので、虫の居所が悪いときはネチネチと説教をくらうこともあったが基本的には無視をされるようになった。
挨拶をしても完全無視。会議があっても僕だけはいないものとして扱われる。カリカリ上司やオラオラ上司は、少なくても僕のことを人間として対応していたが、サイコパス上司に至っては、その辺の石ころぐらいの認識しかない、と感じた。存在を無視されるというのは、精神的にもかなりキツかった。
そんな職場はとっとと辞めれば良かったのだが、いくつかの理由で僕は留まった。理由の一つは辞めたら二度とこの業界では働けなくしてやる、と脅しを受けていたこと。単なる嫌がらせだったのかもしれないが、実際そうされかねないと思ってしまったのである。

彼から一旦敵とみなされた人物は凄まじいまでの攻撃対象とされた。朝礼で詰問され泣かされるくらいならまだましで、妊娠して辞める人に対して裏切り者のレッテルを貼り、奇形児が生まれるぞ、と捨て台詞を吐かれた人もいた。
当時は空前の人手余りの時代、福祉業界であっても1人の求人に対して数十人の応募があるような時世であった。退職を申し出て、どんな仕打ちをうけるか考えると面倒くさかったし、仕事ができなくなるという恐怖心もあった。
空疎な時間
他の相談員たちが優秀だったので何とか施設運営はまわっていたし、僕は彼らのフォローをすることで自分の仕事を確保していた。そのうち僕が働く部屋はサイコパス上司がいる事務室から外され、フロアの奥にある小さな部屋に移動させられた。それで普段からあまり顔を合わせずにすむようになったので、逆に安堵し何とか仕事を続けることが出来た。
ケアマネジャーの受験資格を得るには実務経験が5年必要である。ケアマネならまだ仕事があるかもしれない、ということで、ひたすら5年間耐え忍ぶことにした。今から思うとかなり後ろ向きな発想だが、当時の僕はそれが精一杯だったのである。その期間中、仕事に対して前向きに取り組もうという気持ちは1ミリもわかなかった。若い頃の貴重な時間を随分と無駄にしてしまった。
トンデモ上司の共通項
以上が僕が被ったトンデモ上司による体験談である。この3名の生態を詳しくみていくと、いくつかの共通項があることが分かる。まずはその点を述べてみたい。
単純な人物分類
第1の特徴として、極端な二項対立として人を捉える傾向が強いという点である。つまり(味方、敵)(使える、使えない)(好ましい、嫌い)というように、ダメと認識したら徹底的にダメであり、場面場面で良い部分を認めようとする考え方が出来ない。もしくはしようとしない。
僕の場合は、トンデモ上司のそういう特徴を顕著に引き出しやすい性質にあったのか、嫌われたら徹底的に嫌われた。とはいえ、個人差はあるもののトンデモ上司たちに一度ダメだと思われたら、大抵の部下の評価は、基本的に変わることはなかった。
本来であれば、部下をマネジメントするにあたって、それぞれの部下の資質や能力を見極め、その能力を最大限に引き出すために、人の多様性を理解するのは上司の最も重要な視点のはずである。
その視点を全く考慮しないというのであれば、上司の最も困難な仕事を放棄しているのと同義である。もっともトンデモ上司たちが、感情のコントロールを全くできていないことが根本的な原因であり、多様性の理解以前の問題といえる。
組織が絶対という価値観
第2の特徴は、組織に対して個人は絶対服従を強いられるものと固く信じている点である。例えば会社組織であれば、利益を求めるとか、利用者や客のニーズに応えるとか、良質な製品を作るとか、様々な目的があるが、その目的に充分な力を発揮しない職員は、組織にいる必要がないという理屈である。
その理屈自体は、あながち間違っているとはいえなくもない。組織の目的を達成するためには、職員が同じ方向を向いていないと往々にして組織自体が崩れてしまうからである。しかしトンデモ上司たちは、「組織イコール自分」と曲解する。すなわち組織の目的というよりは自分の意にそぐわない部下は排除する、という独自のルールを妄信するところに問題がある。

サイコパス上司がオーナー理事長をやたらと神格化していたのも、カリカリ上司が執拗に細かいルールにこだわるのも「自分に都合のいい組織の論理」という絶対的な価値を守っていたいからである。組織は利益を追求しなければ生き延びられない、客のため努力するのは当然というような、一見反論できないような組織の論理を隠れ蓑にして、実は自分たちの優位な立場を確固たるものにしておきたいのである。
実際に本人たちがどう思っていたのかは分からない。もしかしたら部下にいくら嫌われようとも、組織のために最良のことを行うのが本当のプロフェッショナルだ、くらいに思っていたのかもしれない。大したプロ根性だが、部下に嫌われていたのは組織人としてのこだわりなんかではない。自分を凄く見せようとするために組織を利用する、その狭量さが嫌われていたのである。
生息を許す組織的土壌
第3の特徴としては、トンデモ上司をのさばらせる組織的環境が土壌として出来上がっている、という点である。三者三様にトンデモ上司の扱いに関して、所属している組織はそれぞれ致命的なミスを犯していた。
カリカリ上司の組織は、何人もの職員が追いつめられていたという状況を把握していながら、積極的な処置をとることをしなかった。オラオラ上司の組織は、明らかに言動に問題がある人物を、売上を重視するために個人的な横暴を一切放置していた。サイコパス上司の組織は、特定の個人に独立した職場を丸投げすることで、好き勝手し放題させる環境を与えてしまった。
トンデモ上司たちは、上手く立ち回ることで組織の詰めの甘さにつけこみ、自分たちの都合のいい環境を作り上げていく。一度それを許してしまうと、結果的には、組織の人的活力を大幅に削ぐことになるので、長い目でみると組織にとって不利益でしかないのがおわかり頂けるだろう。
トンデモ上司の発症過程
まとめると、感情的に人を単純に分類してしまう個人的資質を持つ人物が(第1の特徴)、仕事は組織の目標を遂行することが至上命令、と頑なな信念(第2の特徴)と結びつくことによってトンデモ上司というウイルスが出来上がる。
このウイルスは普段は目立たずに社会に潜伏しているが、一旦立場と環境を得ると(第3の特徴)、烈火の如く猛威をふるうようになる。一度発症すると著しく周りの人物の体力を削ぐので、普段から予防をしておくことが重要である。
それでは、なるべくそのような職場にならないように予防するにはどうしたらいいのだろうか?さらに不運にもトンデモ上司に巡り合ってしまったら、どう対処すればいいだろうか?次回、その点について詳しく述べていきたい。