ノーカントリーにみる演出方法

Contents

暑苦しい感情表現

僕は映画が好きで、映画館によく観に行く。その際、あまり先入観を持たずに直観を頼りに作品を選ぶようにしている。そうすると、期待してなかった分当たりだったりすると得した気分になる。

先日「七つの会議」という映画を観た。感想としては、可もなく不可もなくといったところだが、気になったことが一つある。役者さんたちの感情表現がやたらオーバーなのである。

池井戸作品は「半沢直樹」や「陸王」等、ドラマでは楽しませてもらっていて、そのスタッフが製作に関わっているとのことだ。テレビドラマではあまり気にならなかったが、映画では随分とその辺りが強調されていて、自分は少しお腹いっぱいな感情を持ってしまった。

香川照之の顔芸は、健在である。真剣なシーンなのに顔面アップのシーンでは周りでクスクス笑っている人もいて、これを期待している人も多いんだろう。主人公の野村萬斎の演技も、いいか悪いかは別としてアクが強い強い。

映画全体の演出として、感情表現をわかりやすくみせるためか、セリフが説明調だったり、エキストラも含めて役者の動きが大袈裟になったり、いちいち過剰なのである。邦画には、ありがちな演出だが、演劇やミュージカルならともかく、個人的には暑苦しすぎて、もうちょっと自然に演技してほしいと思う。

まあ制作側は、そんなことは百も承知で、きっと求められているものを製作しているだけだろう。観客からすれば、わざとらしさが逆に心地よい場合もあるかもしれない。

映画「ノーカントリー」

今回紹介したいのは、「ノーカントリー」という映画である。内容としては、アメリカとメキシコの国境地帯を舞台にした、麻薬取引の大金をめぐる難解なスリラーといったところだ。

「ファーゴ」等で知られるコーエン兄弟監督作品は、極力抑えられた演出にその特徴がある。この映画も全編にわたって、淡々とした演技が続く。過激なシーンはあっても、大仰なセリフまわしや過剰な音楽の演出がほとんどない。

コイントスのシーン

そんな映画の中で、二人の男の会話のシーンに注目してみたい。一人の男が雑貨屋によって、レジにいる店主とのやりとりをするのだが、実はこの男、冷酷無比な殺し屋である。このシーンの至るまで何人もの人物を殺害している。おかっぱ頭で独特な風貌をしており、いかにもあやしい出で立ちである。

で、その会話がいまいちかみ合わない。店主が何気なく放った一言に反応し、次々と意味不明な発言を繰り返す殺し屋。否、殺し屋にとっては意味があるかもしれないが、店主には理解ができない。店主が会話を打ち切ろうとするが、男はいきなりコインをトスをして表か裏を選べと言う。何を賭けられているかわからず困惑する店主。そんなやりとりである。

映画を観ている側は、殺し屋が躊躇なく人を殺す人物だと知っているから、否応なしに緊迫感を感じる。お互いに声のトーンは、ほとんど変わらないが、ちょっとした仕草さで感情は伝わる。会話が進むにつれ、店主が、こいつヤバい奴だと気付くが、オーバーアクションなしに、ほとんど目の動きや間の取り方だけで表現しているし、殺し屋の苛立った感情もむしろ淡々としているがゆえにリアリティがある。

菓子のようなものをつまみながら会話したり、店が何時に閉まるかと聞いたり、本当に何気ないことがむしろ不気味さをあおるのである。殺し屋がコインの賭けで店主を殺すか殺さないか決めていたのか、はっきりとしたことは映像からは語られない。だからこそ創造を楽しむ余地も残されている。

下にこのシーンの日本語版と英語版のリンクを貼っておく。日本語版で会話の内容を把握してから、是非英語でのやり取りをみてほしい。音声の吹き替えをされていないほうが、微妙な空気感をより敏感に感じ取れると思う。

日本語吹き替え版
英語版

わかりづらいからこそのリアリティ

僕は人を相手にし、さらにその背景を探る仕事をしているせいか、ちょっとした仕草や発言に注目する癖がある。微妙な顔の動きもそうだし、その人の身体の動きだったり、実際に表にでた発言の裏には何かがあるだろうかと考えてみたり。そうすると裏のメッセージが隠されている場合が多々ある。

本当に訴えたいことは、わかりづらいことが多い。「分かりづらい」は、「つまらない」に結びつきやすい。

コイントスのシーン、セリフだけ見たら分かりやすい会話ではない。店主にしてみれば、降ってわいたような理不尽極まりない話しである。でもその理不尽さが、殺し屋の冷酷さだったり、店主の戸惑いを、妙なリアリティとして醸し出してはいないだろうか。ジワーッとした恐怖を伝えるには非常に上手い手法だと感じるのである。

映画はエンターテイメントだから、楽しくすっきりした気持ちで観たい、というのも理解できる。しかし味があるシーンを堪能するのも映画の楽しみ方の一つだと思うのである。

 

出演:トミー・リー・ジョーンズ, ハビエル・バルデム, ジョシュ・ブローリン  (2019年4月)
出演:トミー・リー・ジョーンズ, ハビエル・バルデム, ジョシュ・ブローリン  (2012年9月)
おすすめの記事