プライドと老後の人生

プライドと老後の人生

プライドとは

ある人を評してプライドが高いと言うと、どういう印象を持つだろうか?大抵は気位が高く、とっつきにくいようなイメージを持つ人が多いのではないか。もちろん、それは一つの側面として正しい認識だと思うが、プライドの持つ言葉の意味合いが、いまいち曖昧に使われている気もするのである。

プライドとは、誇り、自尊心を表す言葉であるが、傲慢、虚栄心と悪い意味でも使われる。どちらにしても人間として普通に持つ感情だし、誰しもがプライドからは逃れられない。なので決して否定すべきものではないが、取り扱いに注意しないと人そのものを蝕む魔力がある。今回のテーマは、プライドが老後の人生でどのような影響を及ぼすか考えてみたい。

介護サービスの導入において

現在では介護が必要な状態になった時、介護サービスは制度としてそれなりに整えられており、適切な手続きを踏んだ上で必要とされるサービスが提供される。しかし中には、本人の拒否によってサービスがスムーズに導入されないことが多々ある。

介護保険のサービスは原則、利用者本人と家族の同意が前提であり、第三者が客観的にみてサービスを利用したほうが適切と判断した場合でも、同意がないと利用できない。自分は人の世話になりたくない、世話を受けなくても自分で生活できる、という本人の強い意向があれば、無理にサービスは導入できない。

多くの場合、認知症による判断能力の低下が複合要因として挙げられるが、決して認知症自体が原因というわけではない。家族、地域、サービス等周りの適切なサポートがあれば、認知症を患った人が社会で自立した生活を営むことは充分に可能である。適切なサポートの成立するかどうかは、むしろ個人の積み重ねてきた価値観、人生観、思考等に大きく影響する。

Aさんの事例

以前、自分がかかわったケースを一つ紹介したい(詳細はアレンジを加えている)。80代の男性、Aさんとしよう。妻と二人暮らしで、妻は脳血管疾患の後遺症で麻痺があり、車いすが必要な状態である。Aさんも心疾患を患っており、短距離の歩行で息切れしてしまう。夫婦ともに要介護認定を受けている。

二人での生活には、様々な面で支援が必要だった。特に妻の入浴には介助を要する。しかし、サービス導入の部分でAさんがなかなか納得してくれない。「自分たちは生活できている、ヘルパーなどいらない」と頑なに拒否をする。すでに認知症が進行していたAさんは、同じことを何度説明しても、サービスや制度のことが理解できない。ただ自分たちは人の世話になるような状態ではない、という意向ははっきりしていた。

妻はサービスが必要な状況を理解しており夫をたしなめようとするが、今までの力関係から強く言えない。Aさんは妻に対しても、自分でしっかりやっていくという気持ちをもたないとダメだ!と怒鳴りつける。結局、別居の娘の同意を取り付け、まずは妻の入浴介助という名目で訪問介護(ヘルパー)を利用することになった。

Aさんは決して根っから人を毛嫌いしているわけではない。サービスに対して初めは疑心暗鬼だったAさんも定期的に自宅にヘルパーが入るようになると、徐々に安心感が芽生えたのか顔見知りのヘルパーとは冗談を言い合える仲になった。

そしてヘルパー事業所の協力を得ながら、何とか掃除の支援や訪問看護師を利用するまでに至った。それでもサービスを追加する際には、その都度Aさんの抵抗にあった。拒否をする心の奥底には、人に対する不信感があるように見えた。どうせお前らは商売のためにサービスをすすめているんだろ、とサービス事業者には悪態をついた。ケアマネや関係機関の職員には、役所や医者に多くの知り合いがいるからお前らのことはどうにでも出来るんだからな、と脅しともとれるような言葉を投げつけた。

そんな状況の中、Aさんの心疾患や認知症は進行していく。と同時に妻の身体には、家事の負担がかかり疲弊がたまっていく。心疾患の影響でAさんの身体は浮腫みだらけになり、日中もほとんど横になったままの生活が続く。家族や親戚がいくら説得しても受診にも行かなくなった(受診しても医療機関からは入院を拒否された)。むしろ認知症が進行して、周りの忠告を拒否する姿勢は頑なになっていった。みんなして自分をどこかに閉じ込めようとしている、と思い込んでいるようだった。普段から定期的に訪問しているヘルパーや看護師の顔も分からなくなっていった。

徐々に身体の自由がきかなくなり、物事の判断がつかなくなる。それにも関わらず、周りの人間が色々とわからないことを言ってくる。本人としては不安で仕方なかったに違いない。けれども自分の弱みは絶対に見せたくない。そのような感情からか、次第に暴力というかたちで妻にあたりはじめた。はじめは我慢していた妻も、全身に殴られた痣ができるようになり関係機関に支援を求めた。

もうこうなると介護サービスの手段ではどうにも出来ない。本人が納得しないところを施設に無理矢理連れていく権限はケアマネや行政機関にはないし、施設側も受け入れることはない。家族に命の危険が及ぶとなると、強制的に警察が動くしか手段はない。

結局、本人が暴力をふるおうとしている現場を押さえ、警察に介入してもらい家族に承諾を得て強制的にAさんは警察署に連れていかれた。その後、精神病院へ措置入院となり、いくつもの病院を転々とした後に自宅に戻ることなく亡くなった。

事例を通じて

プライドの形成

今思い返せば、Aさんに対する自分のかかわり方に至らない場面もたくさんあったと思うが、様々な関係機関の協力を得てもAさんの心の壁を乗り越えることはとても困難だった。

家族からの話しを聞くと、若い頃からの積み重ねが人の人生観を形作ってきたのが分かる。娘の話しでは、昔から家庭では頭ごなしにこうしろと命令されることが多く、子ども心におかしいなと思いつつ、そのほうが家庭内秩序が上手くいくから自分は表面上従ってきた、とのことであった。

妻によると、Aさんは大きな企業の役員で一つの支社をまかされるほどの地位にいたそうだ。現役で仕事をしていた時は毎日のように人付き合いで忙しく働いていた。それが定年を境にピタッと交流がなくなり、それまで何百枚単位で届いていた年賀状が全く届かなくなったという。本人は何も言わなかったが、人に対する不信感がそのような経験を経て形成されていったのかもしれない。

老後におけるプライド

プライドを持つことは決して悪いことではない。それが自尊心に繋がるのであればむしろ持ってしかるべきものである。自分の軸をもったり物事を極める際には原動力となる。でもプライドの拠りどころが肩書や立場だとしたら、それも過去の自分だったらとしたら、どうであろうか?もちろん必死に努力して築いた地位だったら、そこに固執する気持ちはわからないでもない。でもそのこだわりを持っても老後の人生にはあまり関係ない。

当たり前だが老後には、会社の役割が通じない人生が待っている。趣味を始めたり介護サービスを利用したりすると、それに付随して何かしらの人間関係が生じる。そこでベースとなるのは個人としての関わりである。肩書に基づいた人間関係とは別物だ。

きっとAさんは、若い頃は自分で何でも出来る能力の高い人だったのだろう。でも若い時に普通にできたことが、年を取るにつれて出来ないことが多くなる。場合によっては人の手を借りないと生活ができない状況も出てくる。それは自然の摂理であって、どうしても事実として直面せざるを得ない。

逆に、自分で出来ることも人にやってもらうのが当然と思うのもプライドの高さに因るものである。そのプライドの意味するところは傲慢である。

出来ないところは人の手を借りて、今ある能力で精一杯自分らしく生きる。それは立派な自立である。出来ないことを素直に受け入れるのは自尊心の表れでもある。自分をありのままに受け入れていることに他ならないからだ。それこそプライド、つまり矜持をもって生きている姿とはいえないだろうか。

人生におけるプライドの影響力

世の中の多くの高齢者は、葛藤はありつつも運命を受け入れている。しかし少なくない人が、自らの状況を受け止めきれないでいる。自分を受け入れていなければ、他人のことを信頼できない。確かに認知症により客観視する能力は衰える。しかし認知症が原因というよりも、その人の持つ考え方の傾向や感じ方の癖が一番の根底にあるように思える。

いろいろと振り返ってみたい。自分にとってプライドとは何だろうか?自分が絶対譲歩できないことは何だろうか?終始怒りや不安に苛まされるとしたら、一体何にこだわっているのだろうか?そのこだわりの基準て何なんだろうか?そうやって自分で考えて得られた気付きだけが、その人の価値観や思考に変化をもたらす

Aさんの死は、今も妻の心に深い悲しみをもたらしている。Aさんは昔から妻のことをとても大事にやさしく接していたらしい。もちろん認知症になるまで一度も手をあげたことはなかった。それが、一番大事にしていた人に対して暴力を振るうところまで自分を追いつめた心情を想うと痛ましくなる。

妻は自分が警察を呼んでしまったことを、やむを得ないこととは言え夫につらい思いをさせてしまったと自分を責めている。ずっと身近にいた妻をを自責の念で苦しませるようなことをAさんが願っていたはずがない。プライドの有り様によって、その人と家族の人生が大きく変わってくる。それは、ある意味、老後資金や介護サービスの充実よりも大事なことかもしれないのだ。

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