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マネーの虎という番組
2001年から2004年にかけて「マネーの虎」という番組があった。番組が終了してから15年も経つので知らない人も多いかもしれない。
簡単に説明すると、一般人の志願者が事業計画をプレゼンテーションし、起業家社長である審査員たちが(自腹での)出資の可否を決定するという内容だった。
大多数の志願者たちは、事業計画の詰めが甘いだの、覚悟が足りない等と社長たちにケチョンケチョンに言われて「ノーマネーでフィニッシュです」と撃沈されていた。
ある社長は投資しない理由に、儲かる確信がないから金はだせない、と言っていたが、金儲けに確信なんてないだろ!とテレビにつっこんだり、その反対に、時々社長たちが放つ蘊蓄に富みつつ愛のある言葉(特に高橋がなり社長や岩井良明社長)に、うんうん、と頷いていたりと僕は結構楽しんで観ていた番組であった。
家具職人のプレゼンテーション
最近、出資側の一人であった岩井社長が「令和の虎」といった現代版マネーの虎をYouTubeで配信していて、その関連動画で過去の志願者と対談していたりするのだが、それを見て印象に残った回を思い出した。
それは、ある家具職人がカフェスタイルの店でハンドメイドの家具を売りたい、という内容の回だった。ところがこの志願者、しゃべりが全く上手くない。のっけから緊張して話せなくなるし、お世辞にも説明がわかりやすいとは言えない。でも素直さや朴訥な人柄が、そのプレゼンから充分に伝わってくる人物だった。
そんな中、プレゼンのかなり早い段階で堀之内社長が、希望額全額出資すると言い出す。何せ堀之内社長は、番組ではほとんど出資したことがない社長である。その人がいきなり全額だすと言ったので、周りの社長たちやスタッフも驚いたらしい。もちろん編集でカットされた部分もあるだろうが、後日談等を見たりするとかなり異例の展開だったことがわかる。
プレゼンがすすむと志願者の家族に一億円の借金があることが明かされる。そんな事実があるにもかかわらず、他の社長たちも出資したいと言い出す。普通に考えたら一億円の借金は、かなりマイナスな要素だと思うが、それを上回る魅力を社長たちがこの志願者に感じたということである。番組の途中から、社長たちが是非自分にお金を出させてほしいと、逆に志願者にアピールするという珍しい展開となった。
ビジネスにおける人物評価
このやり取りをみて、人が人を評価するというのはどういうことなんだろうと考えさせられた。定性評価と定量評価という考え方があるが、特にビジネスの場面ではその2つの評価軸を、大抵の人は時と場合で使い分けている。
人事評価等は、とかく主観的になりがちな評価をなるべく数値で表せる評価軸を入れて客観性を担保させようとする。例えば、それが営業成績、売上目標等や顧客満足度の数値であれば、ある程度評価される側も納得せざるを得ない。
基本的にビジネスでは定量的な見方を積極的に用いようとする。数値ほど普遍的な評価軸はないからだ。しかしその評価も万全ではなく、仕事では数値で表せない努力やパフォーマンスもあるわけで、その人の心構えや協調性、創造性等をプロセスを含めて定性評価を交えるのが一般的である。
「マネーの虎」にあっても、とりあえずは志願者のビジネスプランをもとに定量評価がなされるのが基本的な流れであった。売上目標は?経費は?利益率は?と社長たちから厳しいつっこみがあるわけであるが、よくみるとプランの有益性よりも社長たちは志願者の人間性を定性的に見極めようとしていたと思うのである。
もちろんビジネスプランがきちんと練りこまれているほうが有利ではあろうが、それは第一関門を突破する前段階みたいなものであって、そのプランをネタにいろいろと志願者に質問をして、どういう反応がかえってくるか、というところに視点を置いていたように見える。
「令和の虎」の岩井社長は「マネーの虎」おいてトータルで6〜7,000万ほど出資したらしいが、その中でビジネスプランの内容に共感したことは1回もなく、「この人と一緒に仕事をしてみたいか?」「きちんと約束は守ってくれそうか?」等々、基本的に志願者の人間性をみて判断していたという。
他の社長も多かれ少なかれ、番組をみていた印象では似たような判断で投資していたように思えるのである。その評価基準が目立ったかたちで表現されたのが、家具職人の回だったように思える。
誠実で朴訥な人柄を評価したというのも定性評価ともいえなくもないが、もっと端的にいえば、その人を「好きか嫌いか」というシンプルな理由で選んでいたとも言える。でなければプレゼン能力が高いわけでもなく、借金一億円という負債を抱えた人物を選ぶという合理的説明がつかない。
よくよく見れば、ニスを舐めて一生懸命安全性をアピールするなど結果的に印象的なプレゼンができているとも言えるし、一億円の借金があることで、むしろ発奮材料になると社長たちが思ったのかもしれない。それにしたって嫌いな人物だったとしたら長い時間かけてかかわろうとするだろうか?
好きか嫌いか
「マネーの虎」は志願者にとって厳しい試練の番組だったかもしれないが、社長たちにとっても、厳しい場であったように思える。会社の人事評価であれば長い期間かけて人を評価できるが、番組では初対面の人物を短時間の間に多額の金額を出すか出さないかの判断を迫られるわけである。
そうであれば、定量的な判断材料が限られてくる以上、自分の直感を拠り所にして判断せざるを得ない。それが社長たちにとって好きか嫌いかという、言ってみれば人間にとって最も原始的でシンプルな判断基準になっていたというのが興味深い。
百戦錬磨の社長たちが下す判断は、それが直感とはいえ鋭いものを含んでいると思う。実際にこの志願者はその後、事業を継続し念願のカフェを開設するに至っている。番組全体でみても、投資を受けた志願者の半分は現在も事業を継続できているらしい。一般の投資家に資金をだしてもらって事業を始めて成功する確率は13%と言われているから、それに比べれば社長たちは、非常に鋭い人物眼を持っていたことになる。
仕事に好き嫌いを持ち込むのはプロとしてあるまじきこととか、好き嫌いで決めるのは公平ではない、という意見もあるだろう。もちろん能力ありきで、相性が合わない人物とタッグを組んで上手く行く場合も多いと思う。
しかし世の中で物ごとが決まっていく過程では、得てして好き嫌いが大きな判断材料となることがある。どうにもならないことかもしれないが、能力一辺倒ではないところに人生の出会いの面白さがあるし、逆にチャンスになる可能性があることも覚えておきたい。