人間椅子の軌跡とその音楽(後編)

X JAPANとの対比

バンド活動において、ビジュアルというのは一つの大きな要素だ。別に顔やルックスで聴いているわけではないので、音楽さえよければ、それでいいという意見も分かる。しかし往々にして、ビジュアルがバンドのイメージに直結するのは間違いない。音楽が表現のメインであったとしても、アーティストという括りでみれば、ビジュアルを含めての表現だからだ。

前回、人間椅子の独特なスタイルについては述べた。実にユニークであり、良くも悪くも強烈なインパクトを与えるビジュアルである。派手なのか地味なのか、と聞かれたら答えに窮するが、奇抜だ、という表現であればぴったりくるかもしれない。

ここで、一つのバンドとの対比を試みてみたい。人間椅子と同年代のバンドで、同じ頃メジャーデビューしたX JAPAN(エックスジャパン)である。言うまでもなく、押しも押されもせぬ日本を代表するハードロックバンドだ。人間椅子とX JAPANは、CD売り上げ枚数やライブの観客動員数等で比較すれば、天と地ほどの差があるが、意外にも共通項が多いのが分かる。

X JAPAN

まず、両者とも、核となるメンバーによるバンド結成が、学生の頃になされている(人間椅子(1983年に和嶋・鈴木が高校2年生の時)、X X JAPANの前身・1982年にYOSHIKITOSHIが高校2年の時)。メジャーデビューは、人間椅子が1990年、X JAPAN1989年。そして、メジャーデビューから30年経った現在でも、バンド自体が存続している、という点でも共通している。

音楽的に影響を受けたバンドとしては、人間椅子はブラックサバス・キッス・レッドツェッペリン等、X JAPANはキッス・アイアンメイデン・レインボー等を挙げている。両者ともに、70年代HR/HMに大きな影響を受けており、音楽的ルーツが非常に似ていることが分かる。

それに対して相違点は、X JAPANがデビュー以降、爆発的な人気を博し、そのまま日本のトップシーンに君臨し続けているのに対し、人間椅子はデビュー当時に、いくらか注目を浴びたものの、その後長い間、日の目をみず、ここ10年くらいで売上が上がっているという点である。またX JAPANは途中、解散期があったり、スタジオアルバムのリリースが90年代に集中していたりと、活動の濃淡に偏りがあるが、人間椅子は、コンスタントにアルバムを制作し、定期的にライブ活動をこなしている、という違いもある。

豪華絢爛型と質実剛健型

もちろん、二つのバンドの人気の違いが、ビジュアルによるものだけではないのは分かっている。楽曲、カリスマ性、プロモーション等、様々な要素はあるだろう。しかし、バンドの持つ性質によって、特に日本の市場では、受け入れられ方に大きな影響が出てくると思うのである。ここでいう性質とは、音楽性やテーマであったり、ビジュアルのイメージだったり、バンド全体を包括した「型」のようなものである。

X JAPANは、ビジュアル系を地で行くようなルックスで、デビュー同時はド派手なメイクを施していたし、現在でもメンバー全員がスリムな体形を維持し、洗練されたファッションに身を包んでいる。音楽性もバラエティに富んでおり、スピードメタルを基調としつつ、情感あふれるバラードや、クラシックにも通じる尺の長い曲も巧みに演奏する。良くも悪くも、変化に富み、多くの華を持つ。言ってみれば「豪華絢爛型」のバントである。

デビュー当時のX

デビュー当時の人間椅子

かたや人間椅子は、個性的なビジュアルであるものの、時勢に応じて変化するわけでなく、一貫して自分たちのスタイルでパフォーマンスを行う。曲調も、どちらかといえばミドルテンポでヘビーな曲が大半を占める。歌っているテーマは、怪談・死・宇宙・地獄などダークな要素がメインである。自分たちの音楽を追及しているという点では、ブレがなく「質実剛健型」タイプのバンドと言える。

アーティストの型に良し悪しはない。それは個性であって、どちらも尊重されるべきものだ。ただ、豪華絢爛型であれば、間口がちょっと広がるという現実はあるだろう。特に、日本ではその傾向が顕著である気がするのだ。

クイーンの魅力

ここで、さらにもう一組のバンドの対比を行ってみたい。両バンドが影響を受けた、70年代の洋楽ロックシーンで活躍した代表的なバンド二組、クイーンとAC/DCである。

クイーンについては、今さら説明の必要はないだろう。2018年の伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットしたように、ここ日本での人気は非常に根強い。彼らの楽曲は、数多くのドラマやCMにも起用され、日常生活で耳に触れる機会も多い。

QUEEN(1975年)

クイーンの特徴は、なんといってもその音楽性の幅の広さにある。ハード・ロック、フォーク、オペラ、ゴスペル、ファンク、ソウルなど、様々な音楽の要素を吸収している。バラエティーに富んだ作品が生まれたのも、4人のメンバー全員が曲を書けるという素地があったからだろう

そして、彼らのもう一つの強みは、一般受けする音楽性とスタイルである。ロックが苦手だという人も、クイーンの楽曲は何となく耳に残り、メロディーを口ずさんでしまうような普遍性がある。そのメロディーを、ボーカルのフレディ・マーキュリーが圧倒的な歌唱力と美声で歌い上げる。さらにバンドのビジュアルも、清潔感があり華やかさがある。豪華絢爛型の要素を存分に盛り込んだバンドだったのである。

デビュー当初、本国イギリスでは、いまいちぱっとしないクイーンだったが、世界的な人気が沸騰する以前に、日本で熱狂的に受け入れられた、というのは有名な話しである。もちろん楽曲の良さもあったのだろうが、むしろ、そのビジュアルがもたらすイメージがアイドルのような受け取られ方をした部分も多分にあったようだ。当時のメインのファン層は、若い女性だったのである。

AC/DCの魅力

二つ目のバンドとして取り上げたいのが、AC/DCである。AC/DCは、1973年に結成されたオーストラリアのロックバンドである。音楽的な特徴としては、タイトなミッド〜スロー・テンポの楽曲を中心とした、きわめて硬派でシンプルなロックンロールで、デビューから現在に至るまで、一貫して演奏し続けてきている。長きにわたって変節のない、そのスタイルは、まさに質実剛健を絵にかいたようなバンドである。

AC/DC(1979年)

そのビジュアルは、泥臭さ満載で、お世辞にも洗練されているとは言えない。洗練どころか、リードギタリストのアンガス・ヤングのスタイルは、異色を放っている。ライブでは、スクールブレザーと半ズボンを着て(昔はランドセルも背負っていた)、両脚をガクガク震わせるようにしてリズムを取るというパフォーマンスが、彼の独特のスタイルで持ち味ともなっている。この辺りは、人間椅子のメンバーと通じるところがある。

アンガス・ヤング

現ボーカリストのブライアン・ジョンソンは、フレディ・マーキュリーのように透き通るような声質をもっているわけではない。ひねりだすように、しゃがれた声で歌うが、それがバンドの音楽性と、とても良い融合をみせているのである。

AC/DCが残した偉業は、アルバムセールスを調べたらその凄さが分かる。全世界累計(レコードも含む)では、24000万枚以上であり、特に1980年発表の『バック・イン・ブラック』は、世界的に空前の大ヒットを飛ばし、バンド/グループのフルアルバムとしては歴代2位の売上を記録している。

そして、ウォールストリートジャーナルの「史上最も人気のある100のロックバンド」では6位にランクインしている。つまり世界的にみれば、ビートルズ、クイーン、ローリングストーンズ等と並び評されるほどのビッグネームなのである。

クイーンのブライアン・メイは、ジ・インディペンデント紙の取材インタビューで、AC/DCについて次のように賛辞をおくっている。

「クィーンっていうのはものすごくいろんな影響を折衷するバンドだったからさ。そう、折衷っていうのが言い得てるよね? ぼくたちはそれこそありとあらゆるジャンルの分け隔てを踏み越えていったんだからね。でも、AC/DCっていうのはそういう意味じゃ対極にあるバンドなんだよ。連中には自分たちのスタイルのなんたるかがわかってるし、それはとてつもなく純化されたもので、ぼくはそれにすごい敬意を感じてるんだよ。連中の鳴らす音は一音一音が完全なAC/DCになってるんだ」

日本における人気

クイーンと違い、日本においてはAC/DCの人気は、それほど高くない。僕が80年代後半にアメリカに在住していた頃は、MTV全盛期で、それこそラジオやテレビをつけるとAC/DCの曲が、かなりの頻度で流れていたが、日本に戻ると、ほとんど注目されておらず、その扱いがまるで違っていたことを憶えている。

国によって、市場の好みが違うのは仕方がないことである。人間椅子の例をみても分かる通り、質実剛健型バンドは、日本のマーケットで勝負するにあたってハンデを背負っているようなものだ。

日本の市場においては、女性ファンの好みが強く影響されるという傾向が強い。これは、ロックに限らず、他の音楽、演劇、演芸、スポーツ等あらゆる分野においても同様である。それだけ女性が元気で、楽しむことに貪欲だといえよう。

誤解しないでほしいが、僕は何も質実剛健型バンドが正しいとか優れているだとか、豪華絢爛型バンドは外見重視だ、などということを言いたいのでない。ただ、日本では着眼点が豪華絢爛型のバンドに目が向きやすいという事実があるのだ。想像してみてほしい。YOSIKIがきれいなメロディーをピアノで奏でつつ、TOSHIが「フォエバ~ラ~ブ」と熱唱している姿と、文豪と僧侶の恰好したおじさん達が「なまけものはいねが~!」と叫んでいる姿、どちらに魅かれるかといえば、そりゃ多くの女性はX JAPANに興味を持つだろうさ。

そうはいっても、日本にも堅実な音楽を好む層は、それなりにいると思うのである。ただし、そういった層には人間椅子のような音楽はなかなか届かない。というか、そういうタイプのバンドは、あまりメディアで取り上げられないので、知ってもらう機会すらない。そもそも日本では、圧倒的に邦楽が中心に売れているのだ。日本人であれば日本人が作る音楽にシンパシーを抱くのが自然である。堅実で泥臭いロックといえば、矢沢永吉や長渕剛あたりが、すでに受け皿となっているのだ。

そして人間椅子の魅力

そんな状況の中で、あえて70年代洋楽ロックを基調とした、独自の音楽を無骨なスタイルで貫く人間椅子は、単身竹やりで戦車の大群に突っ込むかの如く、一見無謀ともみえる戦いを長年挑んできたのである。

とはいえ、状況は人間椅子にとって好転してきているともいえる。海外、特に英語圏で暮らしている人たちは、ロックが生活の隅々にまで浸透している。そういう意味では、クイーンやAC/DCといった70年代ロック、HR/HMに慣れ親しんだ人が、圧倒的に数が多いという土壌がある。

最近の人間椅子の再ブレイクも、ネット環境が格段に進化したことによって、彼らの動画がYouTubeを通して海外で話題になったのが大きなきっかけの一つである。奇妙な恰好をした日本人が、見たこともないようなオリジナリティーを発揮して、本格的なHR/HMを演奏しているのである。注目を浴びないわけがない。

動画の再生回数が伸びたことで、さらに多くの日本人が、彼らの音楽にめぐり合うことが出来るようになった。僕もその一人だ。ある意味、この流れは時代の必然だったともいえる。

今回人間椅子について、その音楽性をいろいろと探ってみた。探っているうちに、徐々にその魅力について理解できるようになった。不器用なまでにストレートな姿勢には、尊敬の念を憶えるし、僕としては、とても応援したい気持ちになる。

僕が好きなAC/DCのアルバムに、『LIVE』というライブアルバムがある。1992年に発売された、このアルバムは、彼らの堅実でノリのいい演奏がたっぷりと堪能できる。ベスト盤的な選曲にもなっており、AC/DC初心者にもお勧めできる内容である。

僕は、X JAPANもクイーンも好きなバンドなので、昔から彼らの楽曲はよく聴いていた。と同時に、AC/DCLIVE』も学生の時に購入してから、ほぼ毎年にように、30年近く聴き続けている。自然にヘッドバンキングしたくなるような安定したAC/DCの楽曲は中毒性があり、いつも僕の脳内にアドレナリンを放出してくれる。

人間椅子の楽曲も、今後同じように僕のアドレナリンを引き出してくれるだろう。願わくば、X JAPAN、クイーン、AC/DCのように、より多くの人に、その音楽を届けられるような存在になってほしい、と思うのである。

 

リマスター版  (2003/2)
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