人間椅子の軌跡とその音楽(前編)

イカ天と人間椅子

30年を超えるキャリア

1989年から1990年にかけて『三宅裕司のいかすバンド天国(以下イカ天)』という深夜番組があった。当時は、特に若者の間でバンドブームが席巻しており、このようなオーディション番組が注目を集めていたのである。

期間中、800組を超えるバンドが番組に出場したが、今もってプロとして活躍しているのは、人間椅子とBEGINくらいらしい。それにしても、当時から30年以上もバンドを継続している、という事実だけで偉業と言える。今回取り上げるのは、そのうちの一つのバンド、人間椅子についてである。

僕は、『イカ天』をリアルタイムで見てはいない。そもそも、その時期は、アメリカに住んでいたので物理的に見れなかったということもある。当時、高校生だった僕は、LAメタル全盛期の洗礼を受けて、ハードロック/ヘヴィメタル(以下HR/HM)にどっぷりとハマっていた。日本に戻って大学に通い始めて、様々なジャンルの音楽を聴き始めるが、僕のアンテナに人間椅子が引っかかることはなかった。

人間椅子は、HR/HMを基調をした音楽性を持つ。なので、僕が好んだ音楽の範疇に含まれていたはずだが、名前だけは、なんとなく知っていた程度で、なぜか食指が動くことはなかった。それが30年の時を超えて、僕はその魅力に囚われることになる。理由はよく分からない。分からないが、説明を試みてみたいと思う。

独特のパフォーマンス

人間椅子は、青森県出身和嶋慎治(ギター)と鈴木研一(ベース)が中心メンバーとなって結成された。この二人がとにかく個性的だ。側から見れば規格外であっても、本人たちは無骨なまでに自分たちのスタイルを突き通していた。イカ天にでていたころの20代とおぼしき彼らの映像をYouTubeで見てみると、その破天荒さが垣間見える。

ベースの鈴木氏は、なぜか鼠小僧(!)の衣装をまとってのパフォーマンスである。

和嶋氏もバンドマンというよりは、なんだか極細のみうらじゅんみたいだ。

失礼ながら、イカ天の頃の彼らは充分に個性的で実力もあったと思うが、スター性やきらびやかさのような華がいまいちだったような気がするのである。それは時代として求められたものが違っていたともいえるし、時代が彼らに追いついていなかったともいえる。

奇抜な彼らのスタイルに目がいきがちだが、演奏している音楽自体は、本格的なハードロックである。例えば、「針の山」という曲は、バッジーの「ブレッドファン」を独自の日本語詞をつけてカバーしたものである。かのメタリカがカバーした曲としても知られており、HR/HMとしては定番曲だ。

ハードロック・人間椅子の原点

単に曲をカバーするわけではなく、日本語で歌う、というのが人間椅子のこだわりであったのだろう。人間椅子は、1~2年に一度のペースでアルバムを制作、発表しているが、ほぼすべてで日本語の歌詞で歌うという姿勢を貫いている。

HR/HMは、英国で発祥し、主に欧米で人気を博したジャンルということもあり、どうしても洋楽が中心の世界となる。ラウドネスやVOW WOWなど、日本が誇るハードロックバンドは数多く存在するが、オーソドックスなスタイルとしては、英語で歌い、恰好も欧米風に寄せていた、というのが大半のバンドのスタイルだったのである。

そんな中で、人間椅子の独自のスタイルは異色を放っていた。かといって、彼らが英語での原曲の演奏を苦手としているかといえば、全くそんなことはないと思うのだ。下の動画は、キングクリムゾンの名曲『21世紀の精神異常者』を演奏している映像である。

聴いてみて分かるとおり、とても卓越した演奏力を披露している。3ピースバンドとは思えないほどの音の重厚さだ。確実に人間椅子の根底には、ロックの原曲群の基礎が積み重なっており、それらの基本を踏まえた上で、自分たちのロックを組み立てているのである。そこには、過去のHR/HMに対するリスペクトが感じとれるのだ。

ちなみにこれは彼らが30代半ば頃に、地元のローカル番組に出演した時の映像である。オリジナル曲ではないからだろうか。3人の見た目が、いかにも70年代のロックが好きな青年風といった出で立ちで、イカ天出演時と比べたらだいぶ普通である。鈴木氏の髪がフサフサなのが、今みると逆に新鮮である。

イカ天でデビューした後、バンドはしばらく不遇の時代を過ごす。バンドブーム終息後は、ドラマーの入れ替わりやインディーズでの活動を経ながらもバンドを存続する。バンド活動だけでは食べていけないので、その間、メンバーは郵便局の配達員、ライブハウスや流通センター等でのアルバイトをしながら生計をたてていたという。

バンドの絶頂期

地道な活動を継続した結果、2010年代に入ってから人気が再燃し始める。オズフェストのような大規模なフェスティバルへの参加、さらには動画配信によって海外からの注目を集め、2020年初旬には海外ワンマンツアーを成功させるに至る。30年継続しているバンドで、昔より今のほうが絶頂期というのは、なかなかいない。

そんな彼らも、現在は50代半ばにさしかかる。かといって今までと違ったことをしているわけではない。精力的に自分たちのやりたいことを、若い頃と変わらずに活動し続けているように見える。むしろ年齢を重ねたことで、バンドとしての貫禄や持ち味がでて、魅力が分かりやすくなったとも言える。

これが現在の人間椅子である。相も変わらず、独特なスタイルでのパフォーマンスをみせてくれる。

和嶋氏のスタイルは、和服に丸眼鏡。白髪が入り交じったその風貌は、一見すると明治時代の文豪のようだ。そういった知的な側面を醸し出しつつ、ライブでギターを縦横無尽に操るさまは、まるで円熟した武士のようである。

そして鈴木氏!見よ、この見事な不気味さを。白塗りメイクに法衣、どこからどうみても怪しい僧侶である。ベースを時々やや縦気味にして引く姿は、琵琶法師を彷彿とさせる。

そして、ドラムスのナカジマノブ氏。前出の二人と同じように、和装に揃えてくるかと思いきや・・・。

リーゼント!任侠ヤクザと見立てれば、ジャパニーズスタイルと言えなくもない。このように、バンド内でも個性を貫いているメンバー3人である。

人間椅子のこだわり

僕は何かの拍子で、YouTube動画で『なまはげ』という楽曲を観てしまい、その時、動画に目が釘付けになったのを憶えている。妖しげなおじさん達がヘビーで印象的なリフを奏でながら、「なまけものはいねが~、泣いてるわらしはいねが~」と叫んでいるのである。それで興味を持ち、よくよく聴いてみれば、文学的表現で彩られた歌詞、全体的に暗い雰囲気だが、どこか頭に残るメロディーライン、時折挟みこまれる三味線のような超絶演奏テクニック等、魅力的な要素がたくさんあったのだ。

彼らの音楽のベースは、骨太なハードロックである。その上に、強烈な個性をまとっている。例えるならば日本版ブラック・サバス。ブラック・サバスのどんよりとした音楽に、日本のスパイスをたっぷりと振り掛けた感じとでも言おうか。その感性にピタッとはまれば、楽しめるだろう。でも、世界観が合わない人であれば合わないだろうとも思う。簡単にいえば、好き嫌いがはっきり分かれる音楽である。

HR/HMらしい英語の歌詞よりも、深淵な日本語の歌詞、きらびやかな衣装よりも和装へのこだわり、ハイトーンボイスよりも野太い声によるボーカル、そういった自分たちらしさを積み重ねてきた唯一無二の存在、それが人間椅子なのである。

僕が若い時に、人間椅子をスルーしてしまったのも、どこかでHR/HMとはこういうものだという既成概念を持っていて、その枠からはみ出た音楽を、受け入れる余裕がなかったからかもしれない。確かに、個人的にはそういった狭量さが一つの理由にあったと思うが、今、人間椅子の人気が再燃している背景には、別の何かがあって、だからこそ再度、目に触れる機会にも恵まれた、とも言える。そうでなければ、興味を持てたかといえば分からない。

その何かとは、社会的な背景を抜きにして語れない。その辺りを次回探っていきたい。

 

2枚組28曲 徳間ジャパンコミュニケーションズ(2020/1) 
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