新型コロナウイルスと情報リテラシー(4)

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新型コロナウイルスとは

前回の記事で、新型コロナウイルスの感染の経緯には、何らかの免疫の作用が影響を及ぼしている可能性が高いと述べた。今回は、免疫について深堀りしていきたいが、その前に、まずそもそも新型コロナウイルスとは何なのか確認をしておきたい。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、中国武漢市付近で2019年に発生が初めて確認されたウイルスでヒトに対して病原性があり、感染症(COVID-19)を引き起こす。ヒトに対して病原性を有するコロナウイルスとしては、風邪のウイルス4種類と、動物から感染する重症肺炎ウイルス2種類が知られており(下表参照)、新型コロナウイルスは7番目のコロナウイルスとして出現したものである。

出典:国立感染症研究所

新型コロナウイルスは、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)と遺伝子情報が近く同じ種に属すが、直接の子孫とは考えられていない。元々コウモリなどの野生動物が保因していたものが、それぞれ独立してヒトに伝播、ヒトへの感染能力を獲得したと考えられている。

新型コロナウイルスの特徴は、従来の風邪ウイルスのように広がりやすく、かつSARSやMARS ほどではないが、重症化する場合もあるという点である。SARSやMARSは発症すると、症状が強く判別しやすいが、新型コロナウイルスは圧倒的に無症状・軽症の割合が多く、その点も混乱を極めている一因ともいえる。

従来のコロナウイルス以外でも風邪を引き起こすウイルスはヒトがいるところに常在している。発症しても多くの場合が軽症であり、半日~数日程度のせき込み、喉の痛み、だるさ等の症状はほとんど人が度々経験しているはずである。ましてや無症状の場合も含めると、しょっちゅうウイルスの感染を繰り返しているというのが実態である。そうやって人類とウイルスはずっと共生してきたのである。

ただしヒトとしても、単にウイルスを無防備に受け入れてきたわけではない。人体には、非常に巧妙に作用する免疫システムが備わっている。ウイルスが人によって重症化したり、逆に何も影響を与えなかったりするのは、その人の持つ免疫の強さや抗体の有無によるところが大きい。今回の新型コロナを巡る背景も、免疫について理解を深めれば、違った景色が見えてくるのである。

免疫の仕組み

では、免疫の仕組みについて概略を説明してみたい。

免疫には大きく分けて①自然免疫と②獲得免疫がある。自然免疫とは、侵入してきた病原体を感知し排除しようとする生体の仕組みである。病原体は、ウイルスや癌の場合もあるし様々であるが、そういった外敵をマクロファージ・樹状細胞・好中球・NK細胞といった細胞が飲み込んでしまう。外敵への攻撃能力はあまり高くないが、常時体内を巡回している警察官に相当する。

獲得免疫とは、自然免疫よりさらに高い攻撃能力をもつシステムである。まず外敵を発見した自然免疫が、ヘルパーT細胞にどのような外敵が侵入したか報告をする。報告を受けたヘルパーT細胞は、キラーT細胞とB細胞に敵を攻撃するよう指令を出す。キラーT細胞は、IL2、NFα、IFγといったサイトカインを出し、B細胞は抗体を生み出しそれぞれ外敵を攻撃する。

サイトカイン攻撃能力が高いミサイルのようなものなので生体側に負担がかかり発熱することが多い。また抗体は、特殊訓練を受けた軍隊のようなもので、一種類の外敵にしか対応しないが殺傷能力が非常に高い。抗体ができると生体側が獲得免疫で外敵を抑え込み治癒に向かう。

B細胞はしばらく外敵を記憶しているので、その後に同じ外敵が入ってきた時も、すぐさま抗体を作って敵を殲滅する。これが、いわゆる抗体を保持している状態であり、例えばウイルスに感染しても発症しないのは獲得免疫が作用しているからである。

自然免疫獲得論

新型コロナウイルスの感染に関しては、この免疫システムをもとに、多くの専門家が様々な仮説をもって状況を説明している。

今回は、2つの仮説を紹介したい。国際医療福祉大学の高橋泰教授は、新型コロナウイルスは自然免疫によって感染が抑えられている、という説を唱えている。高橋教授は、「新型コロナは毒性が弱いため、生体が抗体を出すほどの外敵ではなく自然免疫での処理で十分と判断しているのではないかと解釈し、「なかなか獲得免疫が動き出さないが、その間に自然免疫が新型コロナを処理してしまい、治ってしまうことが多い」という仮説を立てた。」としている。

仮説の詳しい内容は、下のサイトを参照してもらいたい。

新型コロナ、日本で重症化率・死亡率が低いワケ

新型コロナ「7段階モデル」で今冬の流行を予測

この説によると、新型コロナウイルスの特徴は、体内に入り込む力は強いが伝染力と毒性が弱く、ほとんどの場合無症状か風邪の症状でおさまる。ただし、非常に低い確率でサイトカイン・ストーム(免疫機能の過剰反応)等を引き起こし、肺を中心に多臓器障害により罹患者を重症化させ、時には死に至らしめる場合がある。

この仮説を用いて「感染7段階モデル」を作成し、どの位の割合の人がどの段階にいるかシミュレーションを行なっている。それをまとめたのが次の表である。

高橋教授によると、11月の時点で国民の約半数はすでにウイルスに暴露(体内に侵入)された経験があるとのことだ。ただし、暴露されたとしても毒性が弱いので59歳以下では98%の人が自然免疫で対処されて完治する。残りの2%で獲得免疫が立ち上がるが、その場合でもほとんど治癒し、100万人に1~6人の割合でサイトカイン・ストームが発生する。年齢層が上がると、若干各ステージに進行する確率は上昇する(上表参照)。

サイトカイン・ストームとは、免疫システムが外敵を過大評価してサイトカインを大量に放出し、いわば、ミサイルが10基でよいところを100基で攻撃し、外敵だけでなく自身の正常細胞も傷つけてしまうという現象である。つまりウイルスの毒性で重症化するのでなく、生体側のほうが慣れないウイルスなので過剰反応してしまい、自爆するというのがより正確な表現らしい。

ここで確認しておきたいのは、暴露と感染の違いである。暴露とは人の体内に入りこむことを指し、新型コロナウイルスは暴露力が非常に強い、としている。暴露したウイルスは、さらに体内の奥に進んで上気道部の細胞の表面にあるACE₂受容体と結合する。結合したら感染となる。感染すると人の細胞はウイルスを取り込み細胞内で増殖し細胞外へ放出される。この増殖力の強さが感染力の強さであり、新型コロナの増殖力は弱い、としている。したがって伝染力も弱い、ということになる。

この説を聞くと、とても不思議な感覚に陥る。普段、我々が考える感染防止といえば、ウイルスが体内に入りこむことを必死なって防ぐ努力をするが、実は知らず知らずのうちに体内に侵入されているようなのだ。一度、暴露してしまったら、ウイルスを排出することはできない。感染するかどうかもわからない。自分の免疫システムに頑張ってもらうしかないのである。

集団免疫獲得論

変異による伝染

もう一つ紹介したい説が、京都大学大学院の上久保靖彦特定教授と吉備国際大学の高橋淳教授の研究成果である。その説のよると、新型コロナウイルスには、「S型」「K型」「G型」等、いくつかの型があり、これらの型は伝染性と病原性が異なるため、それぞれの国でどの型がどの程度流行したかによって、国ごとの感染の広がりや重症度、死者数が異なることになったという。

まず日本に到来したS型は、無症候性の多い弱毒ウイルスで、2019年12月下旬頃に広まった。さらにS型から変異したK型は、無症候性~軽症のウイルス。中国で蔓延し、日本に到来して2020年1月中旬頃広まったとされている。続いて、ウイルスは武漢においてさらに変異して武漢G型となり、重度の肺炎を起こすため1月23日に武漢は閉鎖された。また、中国・上海で変異したG型(欧米G型)は、まずイタリアに広がり、その後欧州全体と米国で大流行した。一方、G型は日本にも到来したが、死亡者数が欧米諸国より2桁少ないレベルにとどまった。

なぜ、G型ウイルスによる日本の死亡者数は欧米と比べて少なかったのか。上久保氏らはその理由として、日本政府が3月9日まで入国制限の対象地域を武漢に限っていたことを指摘する。19年11月から20年2月28日の間の中国から日本への入国人数は、184万人と推定されている。特に武漢では、閉鎖のアナウンスがなされる直前に500万人もが流出し、武漢から成田への直通便で9000人も日本に入国したという武漢市長の報告がある。その結果、S型とK型の日本への流入・蔓延が続いた。

そして、多くの日本人の間にS型・K型の集団免疫が成立した。具体的には、K型が侵入すると、体内のTリンパ球が反応して「細胞性免疫」を獲得するため、G型の進入を撃退する。そのため日本人の死亡者が少なくなったと主張する。また、日本と同じく中国人の大量流入があった韓国や香港、シンガポールなどの周辺国でも同様の集団免疫獲得があったことで、死亡者が少なくなったと推測される(台湾やオーストラリアは入国制限は早かったが、中国との関係が深かったために大量のK型が流入した)。

ADEによる重症化

一方、欧米諸国はウイルスの到来を水際で防ごうと2月1日より中国からの渡航を全面的に禁止し、K型の流入は大きく制限されることになった。また、2月1日以前に広がっていたS型はすでにかなり蔓延していたが、S型への抗体には「抗体依存性感染増強(ADE)」効果があった。ADEとは、以前感染したウイルスに対して成立した免疫が、次に感染したウイルスの重症化を引き起こすことである。

具体的には、ADEが起こるとウイルスの増殖が盛んになりウイルスの排出量が増える。すなわち「スプレッダー」になる。この場合でも、大量に増えたウイルスに対して過剰な免疫反応(サイトカイン・ストーム)が起こると、重度の呼吸不全や多臓器不全等を引き起こすため、死亡ケースが増えるということだった。

つまりS型への感染とK型への不感染の組み合わせによって、G型感染の重症化が起こり、欧米諸国では致死率が上がってしまったということだ。

この説では、日本では自然免疫ではなく、獲得免疫による集団免疫をすでに確立しているという立場をとる。S型K型の蔓延によって多くの日本人は抗体を保持している、という。

抗体検査とカットオフ値

ここで少し疑問に思われる方もいるかもしれない。なぜなら、今まで多くの抗体検査が実施されてきたが、どの検査でも抗体保有率の結果が0.1%程度にとどまっていたからである。しかし、上久保教授はこの現象も、カットオフ値(陽性と陰性の境となる値)の設定をどうするかで説明できるとしている。

上の表は、東京理科大学の村上康文教授が、新開発の検査システムを用いた抗体検査で、5~8月に首都圏からボランティアで集めた10~80代から362検体を採取し、約1・9%で陽性が出たという結果を一部示したものである。一般に集団免疫が成立するには少なくとも60~70%の抗体保有が必要とされるので、2%弱程度では圧倒的に少ないように思える。

村上教授の設定した、カットオフ値は入院発症レベルの抗体の値なので、かなり高めに設定してある。表を見ても分かるように、飛び抜けて高い数値を示している症例を陽性判定としているが、実はそれ以外のほぼすべての症例で微量であるがIgG、IgMの抗体を、保持していたのが判明したのである。

新型コロナウイルスのように無症状感染が多く蔓延している場合、誰が感染して誰が感染していないかの鑑別が難しい。しばしば陽性と陰性の境界値(カットオフ値)を決定することが困難であり、カットオフ値を高く設定しすぎていると、感染の既往があったとしても、多くは陰性を示してしまう場合があるということだ。

例えば、癌における腫瘍マーカーを例にすると分かりやすい。人体では癌細胞は毎日のように出来たり消えたりしているが、少しでも癌細胞があるからといって即癌患者とはならない。腫瘍マーカーで一定の数値を超えて初めて癌患者と診断されるのである。

今回の調査でわかったのは、数値が低く出ている人の抗体IgG、IgMの表出の仕方が、典型的な既感染パターンということである。これらの症例は、陽性というよりは抗体を保持している状態といえる。抗体の値は、感染している時に高くでる。感染が終われば抗体の値は下がり、再度感染したら抗体の値が再び高くなってウイルスを排除するのである。

集団免疫にある日本ではPCR検査で陽性であっても、初感染時のような症状が顕著な「感染」ではなく、抗体があれば単なる「暴露」(体内にウイルスが入っているだけ)に近い、ということになる。

以上が、集団免疫獲得論の概略である。ざっくりと全体像を説明しただけなので、詳しい内容は以下の書籍を読んでいただきたい。僕の印象では、仮説を証明するために様々な科学的な根拠をもって説明をされており、多くの示唆に富む内容だった。

次回は、自然免疫獲得論や集団免疫獲得論をもとに、どのように新型コロナウイルスにまつわる現象を紐解いていったらいいか述べていきたい。

上久保靖彦・小川榮太郎 / ワック (2020/9/27)
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