本当に国にお金はないのか?(1)

介護保険とお金

昨今のコロナ禍によって、国にとって不都合な真実な明るみになりつつある。すなわち財政破綻にまつわる話しである。

以前の記事で、介護保険制度を切り口に、社会保障をめぐる現状と問題点を述べた。

記事の主旨は、社会保障に対する国としての理念が迷走しているため、制度自体が自己肥大化して国民の生活を脅かしつつあり、そうならないように、我々はどのような生活を望むのか、立ち返って考えてみることの重要性を提起したものである。

そして、別の記事では、介護保険実務の現場からケアプランという書類を通じて制度上の不具合を論じた。

この記事ではケアマネジメントが適切に運用されない日本の特殊な事情をふまえた上で、状況改善へ向けての私見を述べた。

いずれの記事も、介護保険というテーマを扱っており、前者は国単位のマクロ的な視点から、後者はケアマネジメントという個別業務、すなわちミクロ的な視点で洞察を試みたものである。

そして、いずれの記事にも共通した大きな前提がある。介護保険制度(や他の社会保障制度)は、財源が逼迫しており、全体として給付を削る方向で大きな力学が働くという点である。

もちろん無駄な出費は慎むべきだが、その面ばかり強調されると様々な場面で機能不全を起こすのは、前出の記事で述べたとおりである。介護保険の世界を外から俯瞰して眺めても、内側から実践を重ねていても、物事の多くがお金がないことに帰結するのである。それだったら仕方ないよね、と一種のあきらめに似た負のオーラが業界を覆いつくしている。

では、財源の逼迫、すなわち「お金がない」という前提は正しいのだろうか?この点については、多くの識者が疑義を呈しており、特に今回のコロナに対する補償や給付をめぐる議論でさらに顕在化してきたように思える。

コロナによる財政出動

下の図は、経済評論家の三橋貴明氏が作成した表で、年度毎のプライマリーバランスの赤字、すなわち国債発行額をグラフ化したものである。

2020年度については、第二次補正予算の新規国債発行分を加えれば、すでに60兆円を超えている。2009年のリーマン・ショックや2011年の東日本大震災の時であっても30兆あまりなので、今回の財政出動は今までにない規模になることは確実である。

今後の経済指標によっては、さらなる補正予算が組まれる可能性もある。そうなれば100兆規模、国家予算に匹敵するくらいの国債が発行されるということである。つまりはすべて国の借金で賄われるのである。

仮にこれだけの財政支出が行われた後に、国債金利も上がらずインフレ率も低迷したままで、財政破綻の兆候が全く表れないとなると、さすがに財政破綻論の根拠が怪しいと多くの人が気付くであろう。

財政破綻とは?

国の借金

財務省の資料によると、国と地方公共団体の長期債務残高は2018年度末の時点で1100兆円になる。よく喧伝されているのは、国全体の借金を国民一人当たりに割り当てると約900万という計算になり、将来にわたって国民が負担しなければならず、子供たちにつけを残してはならない、といううたい文句である。

さらには、このまま借金が積みあがると国家財政破綻をきたし、国民の生活基盤が崩壊すると不安を煽り、だからこそもろもろの公的サービスは倹約に徹するべきだと、緊縮財政の根拠ともなってきたわけである。

このイメージ戦略は、なかなか功を奏したのか、お金が足りないから仕方がないと、不十分な社会保障サービスでも妥協して受け入れたり、少しでも将来の子孫に負担を残さないため消費税の増税も甘んじて受け入れる、いう国民も多いのではないだろうか。

本当に財政破綻になって国民の生活が無茶苦茶になる可能性があるのなら、いかに非常時とはいえ100兆にもせまる借金を単年度だけで上乗せするなんて行為は狂気の沙汰ではない、身体をはってなんとでも阻止してみせる、なんて勢力があってもよさそうなものだが、今のところ各論での反論はあるものの現状では粛々と補正予算の成立が進んでいるようにみえる。

要は財政破綻論といっても、その程度のものなのである。国による支援が必要な状況なのが誰の目からみても明らかであれば、国は借金がいくらあろうが必要な処置をする。それは特別なことではなく、通常の手続きとして当たり前にできることであるし、政府の存在価値はそういう非常時にこそ発揮されるべきである。

もちろんそれぞれの国の置かれている状況によって、その国の政府に何ができるかは違ってくる。ただ現状の日本においては多額の財政出動は充分可能である。問題は、コロナによる経済危機が落ち着いたら、さらなる締め付けが厳しくなるかどうかということである。物凄い大増税が待っているのだろうか?

財政破綻のリスクという漠然とした不安があるならば、国の「お金」がないことを口実に、増税を受け入れ不十分な社会保障で国民は我慢する、というレールに導かれやすい。しかし、これはかなり荒唐無稽な話しであり、現実をミスリードしている。

そんな曖昧な財政破綻論に惑わさられるより、しっかりと客観的な事実を理解しておくことが重要であろう。

政府の負債

まずはいくつかの事実を整理しておきたい。

よく言われている「国」の借金というのは、「政府」の負債のことである。国民一人あたり〇〇万といううたい文句は、国民が借金を返さなくてはならない、という錯覚を起こさせる。実際にお金を借りているのは、政府であり国民ではない。

政府の負債が増えるということは、誰かが政府に対してお金を貸していて、その金額が増えている、ということである。日本国債の主な所有者は、国内の金融機関である。金融機関は、国民の銀行預金を政府にまた貸ししてるので、国民はむしろ政府にお金を貸している立場になる。

もう一つの事実として、政府の負債は確かに巨額だが、ほぼ同じくらいの資産を保有しているという点がある。IMF(国際通貨基金)が2018年に発表したレポートがある。これは各国の公的部門の黒字部門と赤字部門を分けて表示したバランスシートで、日本の数値を見てみると対GDP比で負債が238%(GDPの2.38倍)あるが、資産も対GDP比で220%(GDPの2.2倍)ある。

 

財務省の資料によると、令和元年度末時点の日本の対外純資産残高は364兆5,250億円であり、世界一の金持ち国家ともいえるのである。もちろんこのデータをもって、日本が安泰だというつもりはないが、物事のある側面(負債)だけ、ことさら強調して不安を煽るというのはフェアではない。

これらの点が理解できると、国の借金を国民が返さなければならないという思い込みは薄れてくる。少なくても解決策を安易に増税を頼りにするのは、かなり懐疑的にならないだろうか?人から金を借りておいて、さらに巻き上げようとするようなものだからである。しかも金持ちのくせに。

個人と政府の借金の違い

そうはいっても国民(自分たち)の政府に巨額の負債があることは変わりないので、なんとなくそこが気持ち悪いという心情を持つ人も多いと思う。政府の負債を個人の家計の借金と同じように考えるとそれも分からなくもない。確かに個人が借金をしたら、そのお金は返さなくてはならない。万が一、利息が膨らんで返せなくなったら最悪の場合は自己破産もやむを得ない。そのイメージがあるから、気持ちが悪いのである。

ただ政府と個人は、決定的に違う前提がある。すなわち、政府は貨幣の供給者であり、通貨発行権を持っているという点である。政府がいくら膨大な負債を持っていたとしても、論理的には政府がそれだけのお金を刷って返してしまえば負債は帳消しになる。

それに日本の国債はほぼ100%円建てである。日本政府は自国通貨(円)の発行権があるのだから、その分通貨の発行に切り替えれば問題はない。通貨を発行しなくても、期限がきた国債はその都度、新たに借り換えてそのまま借金を続けることが出来る。個人の命は有限だが、政府の命は無限と想定され、命ある限り徴税権と通貨発行権を有する。だからこそ繰り返し国債を借りかえる、なんてことが可能なのである。

財政破綻とは、政府が国債を償還できなくなる状態、すなわち「デフォルト」に伴う一連の状態のことをいうが、自国通貨建ての国債発行で政府がデフォルトすることは以上のような理由からほぼあり得ない。

例えば2015年にデフォルトに陥ったギリシャは、ユーロ加盟国で自国通貨を持たない。だから必要な財政支出を財源が足りなければユーロという外貨で借金せざるをえない。過去にデフォルトを招いたアルゼンチンやロシアも、同じように不足分を外貨で借金をしていたのである。

これは、大きな異論があるような説ではなく、純然たる事実である。財務省のホームページでも「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。」とはっきり書かれている。

平時でも財政出動は可能か?

今回のコロナのように、甚大な経済的損失が見込まれる場合、当然積極的な財政出動を行なって経済を立て直す必要がある。

ただし非常時でなくても、財政破綻する可能性がないならば、デフレで経済が困窮している昨今の状況を考えれば、平時であっても必要なところに政府が積極的に支援をしても別に問題ないのではないか。それこそ介護の現場では、サービスの質、職員の賃金、硬直的な職場環境等、かなりの部分が資金不足という原因に帰結しているのである。まさに喉から手が出るほど金銭的に逼迫している状況である。

しかし、政府が好きなだけお金を供給できるとするなら様々な疑問がわきあがる。貸し手側の国民の資金が尽きてしまうのではないか?インフレのリスクが高まるのではないか?税金などいらないのではないか?

そういった疑問に対して次回から考えていくことにしよう。

 

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