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閣僚人事の力学
今回の安部内閣改造により科学技術政策担当大臣(IT担当大臣)に就任した竹本直一氏。78歳というお年もさることながら、はんこ議連の会長というから驚く。ただでさえ日本のITをめぐる環境は出遅れているのに、わざわざ非効率の象徴であるような印鑑を推進する立場の人をその任にあてているのだ。
そう言えば、少し前のオリンピック担当大臣もパソコンを使ったことがないと言っていたような記憶がある。もちろん、年齢やパソコン操作で能力は判断できないが、本当に適切な人選なのか、もっとその任に適切な人材は他にいくらでもいるのでは?と思うことが閣僚人事ではしばしばある。
これでは大臣は誰がやっても大して変わらない、という固定観念をますます強固にするだけだ。政治の不信を増長させるようなことを、あいも変わらず繰り返すのは、よほど抗し得ない力学が働いていると思ってしまう。
その分野に精通しているかどうかはではなく、政治家として力がある人、もしくは力のあるグループに属している人に大臣の椅子がまわってくる。専門性を買われて任命されるわけではなく、このグループはこの位の影響力を持っているから、この位の人数をどこどこのポストにつけるという具合に派閥のパワーバランスで役割が決まる。
55年体制が確立された頃から派閥政治は延々と受け継がれ、派閥の影響力はだいぶ低下したとはいえ現在でもまだまだシステムとしては健在であることを見せつけられた。政治の現状を嘆いて悪者にするのは簡単だ。しかしそれは物事を単純化するし、本質的な話しではない。
官僚と社会保障制度
政治力の欠如
ここでよく考えてみたい。国民の生産活動や日常生活は常に動いているので行政活動をストップするわけにはいかない。滞りなく制度を運用するには、官僚組織が機能してることが前提となる。仕組みの上では、国務大臣が官僚に対して方針を示したり、指示を出したりするのが本来の姿だが、先に述べたように必ずしも適切な閣僚人事がなされるわけではなく、日頃の実質的な制度運営業務の大部分を官僚が動かしている。おおまかに言えば、この国の現状は官僚に命運を握られていると言っていい。
僕は介護保険制度にかかわる仕事をしている。介護保険は社会保障の一角を担う制度である。社会保障制度といっても年金、医療、福祉と様々な分野にまたがっている。それぞれの分野に複雑な仕組みが整えられており、制度に従事する人々も、度々繰り返される制度の改正に四苦八苦しながら対応している。自分の専門領域以外の実務に精通するのはほぼ不可能である。なのでいくらか自分が理解をしている分野で話しを進めてみる。
社会保障の各分野は、多かれ少なかれある方向に向かっているように思える。その原因が政治にあるというよりは、世の中の仕組みそのものにあるように思えるのだ。社会保障制度を管轄するのは厚生労働省である。今回の内閣改造で厚生労働大臣になった人の能力云々をとやかく言うつもりはない。きっと多くの歴代大臣のように、そつなく仕事をこなすに違いない。そつなくというのは、大きな流れに乗っかって無難に役目を果たすと言う意味である。
つまり大臣が有能であれ無能であれ、たいして大勢に影響がなく物事が進んでしまう、というこの現状が問題なのである。
官僚性の特徴
さて実質的に制度を動かしている官僚が、どのような価値観でもって制度を運営していくのだろうか?別に官僚を悪く言うわけではないが、官僚制の弊害は様々な場面で指摘されるように、形式的、縦割りになりがち等、どうしても一定の力学が働きやすい。
2つ傾向を挙げるとすれば、制度の複雑化と体制の維持である。官僚に限らず、組織とは往々にして自ずとその存続もしくは組織の拡大を図る。所轄官庁の業務の範疇の制度であれば、制度が複雑であればあるほど自らの存在意義が大きくなる。必然的に制度の規模が複雑になり巨大化する傾向にある。
社会保障制度は人々の生活のセーフティネットとして機能するべき仕組みである。完全な市場原理には馴染まないし、どうしても行政機関の介入が必要になる。しかし周知のように財政的に厳しい状況にあるので制度を維持していくのもままならない。そうは言っても制度における自分たちの裁量権は残しておきたい。制度の骨格の維持しつつ自分たちの権限を残すためには、給付を制限するのが、一番安易な方法なのである。
介護保険制度の変遷
介護保険法は平成12年に施行され、今までに多くの改正を重ねてきた。これまでの変遷を振り返ってみると次のようになる。
平成17年改正⇨
「予防給付、地域包括支援センターの創設」軽度者が大幅に増加したことから要支援者は予防給付となり、介護予防の担う地域包括支援センターを創設。
「施設給付の見直し」介護保険施設等の食費・居住費の全額自己負担化。
平成20年改正⇨
「指定権者による事業所への管理監督権限強化」都道府県による立入検査、事業者による不正があった場合の厳罰化。
平成23年改正⇨
「医療と介護の連携強化等」定期巡回・随時対応型訪問介護看護、複合型サービスの創設等
平成27年改正⇨
「地域包括ケアシステムの構築」予防給付の一部を日常生活支援総合事業として地域支援事業に移行
「利用者負担2割導入」
「特別養護老人ホームへの入居条件が要介護3以上」
細かい項目は他にもあるが、①行政側の権限強化(赤文字)と②制度を維持するための給付制限(青文字)。基本的にはこの2つの流れに集約される。少なくても介護保険制度は、その発足当初より複雑化し、必ずしも使い勝手がいい制度とはいえなくなっている。今後さらに自己負担を導入する等、制度を維持しようとする圧力は続くだろう。
制度が複雑化することで、きめ細かくサービスが提供されるという理屈も成り立つが、著しく制度と国民の乖離を引き起こすというデメリットがある。制度改革の議論は、専門家の些末な枝の話しに陥りがちで、蛸壺化しやすく、一般の人からみれば分かりづらいのは否めない。
そんなことかと思うかもしれないが、制度が複雑になると国民は理解する手間を嫌い、合理的な判断として関心を持つのを止めてしまう。特に全体像に目を向けず、細かい制度のテクニック論に偏りがちになる。制度を運営する側にとっては、目線をそらすにはちょうどいいのである。これは非常に大きなデメリットだ。
いずれにしても、現状としては少しずつ対処療法を繰り返しているだけで、基本的には負担が増えていく方向に向かっているのは変わりはない。今回述べたデメリットがどのように我々の社会を蝕んでいるのか、今後解決の糸口は見えてくるのか、次回以降もう少し深掘りしてみたい。