蒼天航路を語る(前編)

規格外の三国志

魏を中心とした逆転のストーリー

蒼天航路という漫画をご存知だろうか?

1994年から2005年にかけて「週刊モーニング」に連載された、三国志を題材にした長編漫画である。世の中で広く親しまれている三国志は、一般的には「三国志演義」を基に、蜀(の人間模様)を基軸にストーリが作成されている。

その際、大抵劉備が主人公で、対抗する敵として曹操が描かれる。どちらかと言うと悪役のイメージが強い曹操だが、蒼天航路では、この曹操を主人公として、魏を中心にストーリーが展開される。

この逆転の発想は、当時の自分には衝撃的だった。でもそれはそれで物語として綺麗にまとまっているので、もう僕の中では蒼天航路が三国志のデフォルトとなっている。

蒼天航路を未読の方がいれば、出来れば、吉川英治や横山光輝のようなスタンダードな三国志を読んでから、蒼天航路の破天荒さを味わってほしい。そのほうがよりこの作品の特徴を楽しめると思う。帯に書いてある「衝撃のネオ三国志」というキャッチコピーは言いえて妙である。

デッサンの奇抜さ

規格外なのは、ストーリーだけではない。言うまでもなく漫画では絵が重要な要素だが、デッサンの奇抜さ、登場人物の独特なセリフまわしや動作の演出等々連載当時は、常に斜め上をいくその発想力には舌を巻いたものである。

例えば、ルックスでいえば董卓の髪型。額と顎には矢印のような造形があり、そのまま北斗の拳のキャラに使えそうな出で立ちである。呂布に至ってはドレッドヘアである。

1800年前の中国では、あり得ない髪型だが、確かにそのキャラにはその髪型しかない、というくらいにマッチしていて、読んでいて全然違和感がない。スタイルの奔放具合いからいえば「キングダム」は絶対この漫画の影響を受けているはずだ。

董卓!

漫画に込められたメッセージ

個性的な登場人物たち

さて、今回テーマで論じてみたいのは、ストーリーに込められた人間自体へのメッセージである。蒼天航路の大きな特色の一つは、登場人物のキャラクター設定が非常に緻密で、臨場感かつ意外性がある描かれ方をしている点である。

例えば、この作品にでてくる劉備は、生真面目で正義感にあふれるようなステレオタイプの人物像ではない。べらんめぇ調で飄々としていて、泥くさい男として描かれている。

いわゆるキャラが立っている、ということになるが、いかにも現代の日本にも実在していそうなキャラクターが次々と登場する。それゆえにストーリーに感情移入できるし、作者の人間観察眼の鋭さが見事に表現されている。その観察眼を主人公の曹操を通じて我々に伝えようとしているようにも思える。

人に執着した曹操

物語のプロローグで、曹操、劉備、孫権という三人の英雄のうち最も「人」に興味を持っていたのは曹操だったと明示される。能力さえあれば要職に登用し、貪るように人材を求めているエピソードが作中いくつも提示される。

現代に住む我々が聞けば、能力があればそれに見合った仕事にありつけるのは、当たり前なことと思うかもしれない。儒教一色に染まった当時の中国で、才能さえあれば重用するといった「求賢令」を発したことは、並大抵の決断ではない。それだけ人の持つ可能性に、信を置いていたということであろう。

そんな曹操が特に強いメッセージを発していたのが「赤壁の戦い」にまつわるエピソードだったと思うのである。それは、人材コレクターとしての行為の裏にある「人」そのものに対するこだわりとも呼べるものである。

蒼天航路における赤壁の戦い

三国志において、「赤壁の戦い」とは大きなハイライトの一つである。一般的には、劉備と孫権の連合軍が、強大な勢力である曹操を打ち負かし、三国時代鼎立のきっかけとなった一大イベントとして語られている。

史実では曹操は、赤壁の戦いで徹底的に打ち負かされたとされている。蒼天航路でも、合戦における曹操軍としては、負け戦として描かれている。ただ曹操個人としては決して負けてはいない。曹操が主人公だからこそ生まれた新たな解釈とも言える。それでは誰に負けていないのか?蜀の軍師、孔明にである。

蒼天航路における赤壁の戦いは、読者のなかでは賛否両論あるようだ。特に目をひくのは孔明の描写で、とことん現実離れしている。ちょこんと触っただけで人を岩のように固まらせたり、空中に浮いた岩に佇んでいたり、ハルクのように筋肉が巨大化したり…。

演出とはいえ、いくらなんでもやり過ぎだとの意見も聞く。しかしあえて現実感をなくすことで、メッセージ性をを際立たせようとしたとも言える。次回、その辺りを少し分析してみたい。

 

王 欣太(著) 李 學仁(著) / 講談社 (2001/12)
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